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日本舞踊に創作ダンス?江見の祭礼は各地区の催しものが最高!

江見祭礼について

江見は鴨川市の海岸沿い南房総市旧和田町と接している地区で、道の駅オーシャンパークや海水浴場などがあるところです。

 

また、江見の背後にそびえる房総丘陵が冬の冷たい風を遮ってくれることから、最近では花の栽培も行われるようになり、花の駅も作られました。

 

江見の地形は、山の縁を囲むように住宅街があり、それを囲うように太平洋の海が広がります。

狭い土地ながら、古代の遺跡もあり地形的に昔より大きな変化がない事がなく、昔より漁業も盛んで、山の斜面を利用して田畑を作る農業も盛んな地域です。

 

そのため祭礼は、豊漁と豊作を願って行われます。

詳細情報

毎年10月体育の日前日の日曜日(3連休の中日)に開催されます。

 

1日の祭礼ですが、内容はとっても濃いです。

午後から屋台や神輿が出祭する本祭となりますが、午前中は子供神輿が練り歩き祭りを盛り上げます。

 

江見祭礼の特徴は各地区で行われる踊りです。

 

屋台の曳き回しの合間に踊りが披露されます。

日本舞踊などの伝統的な踊りから、創作ダンスまで踊りのジャンルは幅広くあります。

 

これを目当てにやってくる方もいるとか。

 

参加地区は、新栄会(西山+内遠野)、神明町、水神下、宮本町、諏訪町、同志会(西真門+東真門+外堀)、合戸の7地区です。

 

現在休止中ではありますが、吉浦、天面、太夫崎に関しての情報をお持ちの方ご教授寝返るとありがたいです。

山車・神輿等をご紹介

新栄会(西山+内遠野)(小峰ヶ原神社、古峯神社?)

新栄会は西山と内遠野からなり、JR江見駅の西側の海からかなり内陸山間までの広い地区です。

古峯神社を祀っているそうですが、場所等は確認不足のためわかりません。

 

囃子屋台を持っています。

昭和57年に当時の新栄会の会員全員で製作したものです。

これより以前は、1度曽呂・畑の屋台を借りて地区内を曳き回したことがあったとか。

神明町(神明神社)

神明町はJR江見駅のすぐ近くの地区で東江見になり、鎮守の神明神社も駅のそばにあります。

 

囃子屋台を所有し、昭和24年頃に川名工務店が製作し初代・後藤義徳による彫刻が彫られています。

先代は昭和20年8月13日に機銃掃射を受け藁屋根から出火し、宮本町、水神下の屋台と共に焼失してしまったそうです。

水神下(水神社)

水神下は神明町、宮本町と同じく東江見に属する地区でJR江見駅周辺の地区になります。

鎮守の水神社は調査不足の為、場所等は不明です。

 

今の屋台は昭和25年に製作されたものですが、平成13年に古い彫刻部材を使って根本和男により大改修されています。

先代は昭和20年8月13日に焼失しています。

原因はに機銃掃射を受け屋根から出火、宮本町、水神下の屋台も共に焼けてしまったそうです。

 

ちなみに水神社は特定しない水の神様を祀る神社で、茨城から静岡の太平洋側に多くみられる神社です。

諏訪町(諏訪神社)

諏訪町は江見青木にある地区で、JR江見駅を鴨川方面に少し行ったあたりになります。

小高い丘に諏訪神社を祀ります。

 

江戸後期に製作されたと言われる囃子屋台を持っています。

昭和58年に鴨川の諏訪講から譲り受けたもので、諏訪講は現在山車を出祭していますが弘化4年(1847)に屋台を巡行していたとの記録があるため、その屋台ではないかと言われています。

武志滝蔵による彫刻が彫られています。

f:id:oragamatiko:20180801153116j:plain鴨川の諏訪講が出る祭礼

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同志会(西真門+東真門+外堀)(天道神社)

同志会は西真門と東真門、外堀からなる会で、旧和田町と隣り合い、海沿いに長い地区になります。

東真門の山間に天道神社を祀ります。

御祭神は天照大御神です。

 

昭和20年戦後以降に石井兼松・川名梅造が製作した囃子屋台があります。

宮本町(九頭竜神社)

宮本町は神明町、水神下と同じで東江見になる地区です。

JR江見駅周辺の地区になります。

 

囃子屋台があります。

昭和26年10月に粕谷兼三郎・鈴木隆治が製作、彫刻は後藤義孝となります。

 

先代は昭和20年8月13日にに機銃掃射を受けたため藁屋根から出火し、神明町、水神下の屋台も共に焼けてしまったそうです。

合戸(日枝神社)

合同は内遠野になる地区で、内房線線路を挟んだ山に日枝神社を祀ります。

 

江見の祭礼では唯一の神輿を所有しており、祭りに粋を添えます。

神輿の詳細については現在調査中です。

吉浦(諏訪神社?)

吉浦はJR江見駅から進んで、道の駅オーシャンパーク手前までの地区です。

内陸に入って山間に諏訪神社を祀っているようです。

 

初代・後藤義徳による彫刻が彫られた屋台があるそうですが、昭和38年ごろから祭礼

自体は休止中です。

屋台は組み立てたまま保管されているそうです。

 

江見の祭礼に当初から参加していたかは不明です。

天面(四社神社)

天面(あまつら)は太海地区との境にある地区です。

四社神社は国道128号より一本中に入った道沿いにあります。

四社神社はもともと4祭神を祀っていたか、4神社を合祀したものなのかは不明です。

 

屋台を所有しており、屋台には明治33年後藤義信の墨書が残されており、その頃に製作されたものとされています。

残念なことに平成6年から祭礼は休止中です。

屋台がその後どこに保管されているかなどは調査不足のためわかりません。

 

江見祭礼に出祭していたかはわかりません。

太夫崎(皇太神社)

太夫崎(たゆうざき)は道の駅オーシャンパークを含むその周辺域の地区です。

国道から海側に進んでいくと皇太神社が鎮座しています。

御祭神は天照大御神です。

 

武志信明による屋台がありますが、昭和54年ごろから祭礼は休止されています。

屋台は解体し保存されているそうです。

明治20年代に製作されたものと言われています。

 

江見祭礼の出祭に関してはわかりません。

まちこ豆知識

屋台小屋焼失から考える文化財の維持

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江見の地区に出祭している神明町、水神下、宮本町の屋台は機銃掃射によって屋台小屋が燃えてしまったとお話しましたが、皆さんは終戦日がいつだったか知っていますか?

 

江見が襲撃されたのは昭和20年8月13日です。

終戦は同年8月15日です。

 

たった2日の差しかありません。

その日は、関東への空襲があった日として知られています。

 

終戦がほぼ確定されたのが8月12日で、その日を境に日本周辺にある空母などはあらかた撤退しているのですが、残ったものからの最終警告という形で行われたようです。

あと2日待てば終戦で全て終わっていたはずなのにと思うと無念ですね。

 

千葉県南部には日本軍の施設がたくさんありました。

 

鴨川市にも砲台がいくつかありましたし、江見の近くには和田砲台もありそれと併せて狙われた可能性が大きいです。

たまたま狙われてしまったのでしょうが、そう思えば思うほど無念極まりないです。

f:id:oragamatiko:20180801153116j:plain南房総の戦争の遺跡のある祭礼地区

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文化財は色々な形で被災します。

 

こうした戦争や地震、火災、津波などなど自然災害のみならず、人為的に壊したり燃やしてしまったり。

 

神明町や水神下、宮本町の屋台も少しでも残っていれば、そこから修復のしようもあったと思うのですが、全焼だとどうしようもありません。

 

木材で出来ているから火にはどうしても弱いので、ことに「火」には気をつけねばなりません。

 

ただ「木」は、実は見た目燃えてしまっているように見えても、中の芯の部分は無傷であったりすることが結構あります。

表面だけを削って再利用することも出来ます。

 

昔の木材は、昨今の合板などのように人工的に作られたものはなく、良い木を選びそれに見合って部材配置、彫刻などが施されています。

 

なので、良質の木をもう一度使用することが出来る可能性がありますので、もうダメだ!って燃えるゴミにすぐ出さないで、大工さんなど木の専門家に相談して次の屋台などに転用することが出来ないか相談してみるのもいいかもしれません。

 

当時の部材がまだ、今の屋台にあるかと思うと心躍りませんか?

 

また、もし屋台の彫刻などが壊れてしまったら、それ捨てないでください。

木は同じ木同士、同じ木目の流れが一番自然です。

 

人間も指切ったらそのまま病院に持って来いって言われますよね。

あれと同じです。

 

もしも、彫刻の破損部分がない(もしくは粉々)のであれば、同じ木で同じ木目のものをつけてあげるのが良いとされています。

 

国宝の修復なんかする職人さんは将来の木の伸び縮みの事まで考えて修復しますが、そこまで厳密にならなくても、なるべく同じ木で修復してあげるってのが重要かと思います。

 

違う種類のものをくっつけると互いの伸び縮みの度合が違ったり、乾燥するスピードなどがちがったりして、もとの彫刻を傷つけてしまう可能性があります。

なので、衝撃等によって壊れてしまっているならそのまま修復できるかもしれません。

 

何によって害されたかによって、破棄か存続かその後の屋台の人生が決まります。

 

木って結構奥が深いのです。

f:id:oragamatiko:20180801153116j:plain木の活用法について

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話しを戻します。

 

戦争による火災ってのは、江見の屋台小屋のようにはそうそうに起きない事例だと思います。

 

でも、火事や地震による被災はいつでも起こり得ます。

 

最近は異常気象で大雨による被災もありますよね。

 

文化財の保護、なんていうとすごく大事(おおごと)に聞こえますが、大したことやるわけじゃありません。

 

自然と戦うのは到底無理な話なので、人為的な被災だけは避けたいので火の不始末だけは気をつけたいですね。

 

消火器一本で済む話かもしれません。

 

バケツ一杯あれば大きくなる前に鎮火出来るかもしれません。

 

みなさんのお家にも消火器ありますか?

 

今回江見の祭礼をまとめていてちょっと考えさせられました。

文化財を守るのは「小さな行動あるのみ」なのかもしれませんね。

 

↓うちもそろそろ交換かな。

参考文献・サイト