おらがまち

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祇園祭の歴史はユダヤにある?お祭り大好き人間が謎をひも解いてみる。

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こんにちは。

弱小文化財応援ブログ「おらがまち」まちこです。

 

今回は弱小文化財ではありませんが、「祇園祭の起源」について。

 

オカルト大好きな人たちの中では、祇園祭の歴史はユダヤにあるなんてのが流行っているようです。

 

日本人の祖先は、ユダヤ人だった!

「日ユ同祖論」というものが、祇園祭=ユダヤの発想の根源です。

 

歴史研究・民族研究といった一般的な研究者の観点から見ると、なにをほざいているんだかとされてしまいますが、ただの歴史オタクまちこからすると、あながち「日ユ同祖論」って間違ってもない気がします。

 

 

というわけで、今回は「日ユ同祖論」から紐解く祇園祭についてです。

祇園祭の起源はイスラエル?

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オカルトの世界では、ユダヤ人と日本人のつながりを色々なところで見つけて盛り上がっているようです。

 

実は結構お祭り研究の中では避けては通れないジャンルで、オカルトちっくだからと除外できる内容でもないのが、まちこの感覚。

  

有名な祇園祭についても然りで、彼ら曰くちゃんとした根拠がたくさんあるから!と力説されています。

ユダヤ人がお祭りの歴史を作った?

彼らの根拠は実にさまざまで、日本の文化のいたるところにあるというお話。

 

中でも祇園祭などは結構研究されているようで。

 

で、その根拠は以下の通り。

祇園祭の山鉾のデザイン

祇園祭の山鉾のデザインの中でも、幕のデザインがとくに注目されているようです。

 

例えば、エジプトのラクダ、旧約聖書の図柄、トルコやインド、ペルシャなどの絨毯が使用されていることが挙げられています。

 

まるで実際に見たことがあるような図柄だ!

とか。

日本とつながりがなければこういった品物は手に入りずらい!

とか。

 

ただ、これはちょっとこじ付けに近いところがあるかなぁ。

 

夢をぶち壊すようで大変申し訳ないのですが、そもそも山鉾が現在の形になったのは室町時代とされています。

 

平安時代の後半、平清盛が宋(中国)と積極的に貿易を始めるようになり、室町時代になると明(中国)と商人たちも大々的に取引を始めるようなります。

 

いわずもがな、当時の中国はシルクロードの商品がたくさん集まる世界の中心地といっても過言ではないくらい国際色豊かな土地でした。

 

遠い異国の地の商品に憧れを抱き、高価な商品を手に入れることは富の象徴でもあり、日本人が神様にそれらを献上するような形になったのも不思議ではありません。

 

お祭りはお金がないと昔も今も出来ません。

 

それだけ京都の商人たちの財力があったことを物語る一品としか言えないのではないかな。

 

ので、これを根拠とするのはちょっとつらいなり。

神輿の最初

古代ユダヤ(今のイスラエルね)には、アーク(聖櫃)というものがありました。

 

アークとはモーセ(有名なユダヤ人の一人)が神から授かった「十戒石板」(モーセの十戒)を保管するための箱とされていて、現在に至るまで失われた秘宝として伝えられています。

 

よくいう「失われたアーク」ってやつです。

 

モーセは、海が真っ二つに割れたという逸話をもつ人物。

「モーセの十戒」というと海が真っ二つのイメージがあります。

 

このアーク。

 

なんと!

 

日本の御神輿にそっくりなんだとか!

 

使い方や保存の仕方、持ち運びする方法など、共通点がたくさんあり、もはや同じものとしか考えられないと、話が盛り上がります。

 

日本の御神輿の起源もはっきりとわかっているわけではありませんが、もともとは貴人が載るための乗り物というのが現在の本筋。

 

神輿の起源についてはこちらの記事をどうぞ。

www.oragamati.com

 

さらに、神輿の起源は神様の乗り物というのが最初。

 

でも貴人の乗り物なら、中国にも同じようなものがありました。

それを見た日本人が真似た。

中国からやってきた人が伝えた。

というのも有り得るはなし。

 

2本の棒という共通点が大きな根拠だ!

ってのもいわれています。

これもたまたまかもしれません。

 

似ているだけでは、それを根拠としてあげることはできません。

 

だから、アーク=神輿を無理矢理、ユダヤ教=日本とつなげるのはなかなか難しい。

両者の起源は同じ

そしてこれ。

 

ユダヤのお祭りも祇園祭も「疫病退散」のために行われた祭礼であるということ。

 

でも、これは万国共通で神様に祈りを捧げるのは何かしらの理由があることがほとんど。

 

病気になれば、どの団体にとって不利益になることは間違いなわけで、それを悪魔祓いとか、日本のお祭りのようにするとかして、神様に祈りを捧げるのはよくあること。

 

万国共通で行われていることなので、直結するにはいささか。。。

的外れでないかもしれない根拠

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どうしてユダヤ人が日本人の祖先であるかもしれないという、とんでも説が出てきたのかというと、古代ユダヤに存在した部族の中で東方に移動した部族がいた、という伝承が残されていたからです。

 

日本には古代ユダヤの宗教や文化に類似点があることがから注目されるようになり、「日ユ同祖論」という説が飛び出してきたわけです。

 

でもこのオカルト話も、的外れでないかもしれません。

 

それは最近解明されてきたDNAの解析結果が大きいです。

 

オカルト話だけで突き進むと、どうしても「うむ~」となってしまいますが、ここに歴史的・科学的根拠がくっつくと一気に信憑性が増します。

1.日本人のDNAの解析

国立科学博物館の主導のもと縄文人のDNAの分析が行われたのは、最近のはなし。

 

歴史関連の研究をしている人、まちこのように歴史オタクには衝撃の結果でした。

 

本来日本人の祖先は、アフリカ ~ 中東 ~ 中国 ~ 韓国 ~を経てやってきたとされていましたが、その説がいささか崩れてしまいました。

 

いわゆる弥生人の流れを汲んでいる現代人のDNA解析は昔から行われていて、もちろんこの流れを支持する結果を得られています。

でも、もともと日本列島にいた縄文人に関しては、この民族の移動説が上手く成り立たないことも縄文人のDNAから証明されてしまったんです。

 

縄文人のDNAは、どちらかというアジア圏の人々よりももっと西側、東ユーラシアの人と遺伝的に近かった。

 

つまり、オカルトの世界でいうイスラエルといった中東の人々に近い遺伝情報を持っているのが縄文人。

 

だから、ユダヤ人の宗教や文化が日本人とそっくり同じことはありえる事実となるかも。

 

オカルトの世界の人から見たら、ほら見たことか!

という答えが返って来そうですが(笑)

 

さらにはこの解析の結果から、人類発祥の地はアフリカでなくて日本だというとんでも話も出て来ています。

 

いいな~ロマンあるお話じゃないですか。

 

なにはともあれ、まだまだ研究途上なのではっきりとした結果が得られたわけではありませんが、古い時代に東アジア・ユーラシアの流れを汲んだ人間が縄文人であることはわかったわけです。

2.日本にやって来た渡来人:秦氏

日本人が民族大移動をした歴史はありませんが、古代日本には朝鮮半島から十数万単位で渡来してきた民族がいます。

 

それが秦氏(はたし)。

 

日本の天皇が書かせた歴史書「新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)」(平安時代初期815年(弘仁6年)、嵯峨天皇の命により編纂された古代氏族の辞書みたいなもの。)にもちゃんと記されていて、百済(朝鮮)からやってきたといわれている民族です。

 

秦氏は、日本にさまざまな技術や文化を伝えてくれた一族とされています。

 

この人たちの持っている知識の中に、中国をはじめとした中東の世界、はてはヨーロッパの世界のものがありました。

秦氏から教えられたそれらの知識や文化が、日本で独自発展して行ったと考えるとしっくり来る気がします。

 

たまたまこの中にあった、ユダヤ人の文化が日本の気質にあったので取り込まれやすかった。

って解釈かな。

 

もともとユダヤ人は世界でも珍しい多神教の人たち。

日本も多神教であったことから、文化的にも宗教的にも似たような経緯を持っていた可能性も考えられ、秦氏が持っていた知識が受け入れやすい内容だったのかもしれません。

 

しかも遺伝的にも日本人とユダヤ人はいわば親戚関係に近いというのが証明されているわけで。

遺伝的気質にも似通うものがあったのは否定できません。

 

祇園祭は、そんな秦氏がはじめたことというのは歴史的にわかっている事実。

祇園祭の主催八坂神社は秦氏創建の神社。

 

秦氏がいろんな知識をフル動員してはじめたなら、あながち「祇園祭の起源はユダヤ」は全然的外れな見解ではないかもしれません。

 

オカルトの世界では、秦氏の王様が「弓月王」といって中東にあった国の名前と同じだから、やっぱり=ユダヤ人かもしれない!という発想になっているようです。

 

一番手っ取り早いのは、この秦氏の子孫のDNAを分析して、この人たちはユダヤ人だった!というのがわかれば、この秦氏=ユダヤ人説も一気に解消するんでしょうが、まだまだ先のお話。

 

なので現状で考えるなら、渡来人の知識の中にユダヤのものが入っていたというわけなのかも。

3.シルクロードの最終地点

日本は立地的に、シルクロードの最終地点とされています。

 

奈良にある正倉院の蔵の中には、シルクロードを経てやってきた様々な品物が残さています。

 

その中には、現地では失われてしまったけれど正倉院にだけ残されているものというのもあるかもしれません。

 

ことに日本は民族の大移動や中央権力のどんでん返しが少なく、文化的な遺産が数多く残されているのも特徴的。

 

日本はシルクロードの最終地点であるのも事実。

 

そんな中で、様々な国のモノや文化的な特徴がいたるところに残されていたとしても不思議はない。

 

シルクロードを伝って、はるか東方の日本にそれらの情報が伝来した。

 

祇園祭の起源はユダヤというのは、こういう見方をすれば全然ありだと思います。

ユダヤ人やイスラエルの流れは確かにある~まとめ~

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偉い先生方は、オカルトというと一蹴してしまうところがあって、そういった分野に目をくれないところがあります。

暗黙の了解なのかな?

 

お祭りの起源を調べる始めると、やっぱりどこかしらに繋がりや起源はあります。

 

祇園祭がユダヤにある!

と直結するのはとんでも説ですが、 そこかしこに似たような部分が残るのは日本の立地や成り立ちなどを考えると、偶然似てしまう可能性もあり得ます。

 

お祭りの起源がユダヤにあるとは言い切れませんが、その国の文化やお祭りなどを調べることで、日本の知識や文化、歴史からはわかっていない部分が見えてくる可能性は大いにあると思います。

 

かのエジプト研究の大先生吉村作治先生は、エジプトの宗教と日本の宗教はよく似ているといっています。

 

そのまま「=イコール」としてしまうのはナンセンスな話しですが、やっぱりなにかしらの流れを汲んでいることは確かにあるんだと思います。

 

祇園祭はそんな風にみるのもまた一興。

 

なんせ日本は文化の坩堝(るつぼ)。

いろんな古代の世界の文化が残っているのかと思って見ると面白いです。

 

祇園祭の歴史はユダヤにある。

あながち的外れな見解とはいえないかも。

 

※日本人の文化や宗教の面白さはたくさん記事書いてます。

なかなか仕事が辞められないなら、あなたはまぎれもない日本人!などなど。

www.oragamati.com

 

  

とういうわけで、今回は「祇園祭の歴史はユダヤ?」のお話でした。

お祭り一つも世界規模で見ると、面白い事実が発見されるかもしれませんね!

 

以上「おらがまち」まちこでした。