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杉の木が主人公?大杉様という山車に杉を乗せて曳き回す面白いお祭り、鋸南町保田地区。

保田祭礼について

鋸南町(きょなんまち)は鋸山を含むその南側にある町で、保田はJR保田駅より海側から長狭街道に沿ってある地区です。

 

最近は鋸山が観光スポットととしてよく取り上げられていますが、保田は浮世絵師の菱川師宣の生誕地としても知られています。

 

保田漁港があることから漁師町のイメージもありますが、一歩内陸に入ると農業も大変盛んな地区で、花の栽培も有名で水仙ロードの云われは江戸時代にまでさかのぼると言われています。

 

そんな保田の祭礼は、屋台に杉の木を飾った「大杉様」といわれる大変珍しい屋台が特徴です。*1

 

保田の祭礼は、観光にも力を入れている保田地区を見ながら散策することをおすすめします。

詳細情報

鋸南町保田地区で行われる合同祭礼で、毎年9月第4金・土(以前は9月23・24日)に開催されます。

 

屋台5台、神輿2基、山車1台、大杉様2台が出祭し、規模の大きい祭礼です。

大杉様の担ぎ屋台がゆっさゆっさと揺れる姿は大変見物です。

ルート等の詳細は不明ですので、どなたかご教授いただけると大変助かります。

 
参加地区は、大澤、川向、芝、中原、中道、浜、本郷上、元名、吉浜の9地区です。

山車・神輿等をご紹介

大澤(加茂神社)

大澤はJR保田駅周辺の地区で、鎮守の加茂神社も駅近くの商店街の中にあります。

以前は担ぎ屋台でしたが、現在は屋台を出祭させています。

後藤滝治義光による彫刻で、昭和9年に地元大工宇津木氏が製作しました。

浜(加茂神社)

浜はJR保田駅周辺海側になり、大澤と同様に加茂神社を祀ります。

昭和40年代に製作された大杉様が保田の祭礼で出祭します。

芝台(加茂神社)

芝台はJR保田駅周辺で、大澤・浜とともに加茂神社を鎮守として祀ります。

踊り屋台があります。

昭和7年に製作され、後藤滝治義光の彫刻を見ることが出来ます。

川向(磯邊神社)

川向は保田漁港の北側になります。

磯邊神社は国道127号沿いにあり、保田の祭礼には神輿が出祭します。

現在の神輿は2基目で大正時代に作られたもので、1基目は江戸時代のものであったと言われています。

中原(日枝神社)

中原は館山有料道路の出入口あたりの地区で、日枝神社を祀ります。

後藤滝治義光による彫刻の屋台を所有しています。

この屋台は昭和初期(戦前)に作られました。

中道(保田神社)

中道はJR保田駅から長狭街道に入ったところに位置します。

鎮守の保田神社を長狭街道を入ってすぐに祀っています。

 

保田の祭礼には破風山車が出祭します。

人形は神武天皇です。

現在の山車は2台目で平成3年に東京から購入したもので、先代は大正時代にに東京か埼玉から山車を購入、京都から人形を購入したと言われています。

本郷上(貴布禰神社(貴船神社))

本郷上は館山有料道路鋸南保田出入口を少し過ぎ、長狭街道を進んだ地区です。

貴船神社を祀ります。

以前は担ぎ屋台でしたが、今は曳き屋台で昭和3年に製作されたものです。

元名(八幡神社(鶴崎神社))

元名は鋸山の南海沿いから山裾に伸びる長い区で、富津市との境にあります。

最近鶴崎神社として正式登録されたようで、郷社の格を持つ由緒ある神社です。

拝殿天井には「源義経弓流し図」という大絵馬(寛政10年(1798))があり、鋸南町の指定文化財に登録されています。

 

屋台と神輿が保田祭礼には出祭し、屋台には後藤滝治義光・後藤義光の彫刻が彫られています。

吉浜(吉浜神社)

吉浜は、保田の海側南、漁港周辺の地区です。

吉浜神社はもともと神明神社だったようですが、地元の地名に合わせてこう呼ばれるようになったようです。

 

保田の祭礼には、平成初期に製作された新しい大杉様が出祭します。

まちこ豆知識

保田は安房の三名工の一人「武田石翁」の活動拠点の地

保田といえば、鋸山や水仙ロード、菱川師宣記念館などと色々な名所が出てきますが、今回は祭礼にちなんで「武田石翁(たけだせきおう)」をご紹介したいと思います。

 

江戸時代後期、安房には「三名工」と言われる三人の彫刻師がいました。

 

一人は山車や神輿などの社寺彫刻で知られた後藤利兵衛橘義光(初代)、全国に名をとどろかせた「波の伊八」こと武志伊八郎信由(初代)、そして保田の元名を拠点とし石彫りの達人だった武田石翁です。

 

旧三芳村本織出身であった武田石翁は、安房のみならず関東にもその作品を残す名工です。

 

武田石翁は直接祭礼には関与はしません。

 

山車や神輿、寺社の彫刻をするわけではないので、あまり馴染みのない人物かもしれません。

 

また、先の二方よりもあまり研究が進んでおらず、その作品を見る機会もそんなにありません。

 

19歳で野島崎の厳島神社の七福神像を手がけたことをはじまりとして、25歳で館山の山荻の福楽寺の宝塔など、館山、三芳地区の供養塔や石仏などを次々手がけます。

その後は本業である石業ではなく、石の彫刻をメインに活動をして行きます。

 

老年期に平久里川で産出する石で、獅子、龍、仏像、神像などなど様々な種類のものを作って行くのですが、これがまた小さい石なので数も多ければどこかにしまい込まれて埋もれてしまっているため、確認されているものはそこまで多くありません。

 

もしかしたらあなたのおうちのすぐ近くの神社やお寺の敷地にある狛犬や石仏など武田石翁の作品だった!なんてことがあるかもしれないくらい、そこかしこに作品がある可能性があります。

 

なんせ、研究途上の人物なので、どこに何があるという把握はほとんど出来ていません。

どんどん研究がすすむことを願うばかりです。

 

しかし、気になるのはそれが置かれている環境です。

石仏など、石の彫刻は大体が外に置かれていますよね。

外に置かれているということは、酸性雨や風雨などにさらされて石が溶けてしまったりすり減ってしまったりしているかもしれません。

 

そうなると、資料が残っていればいいのですが、武田石翁という銘が彫られていたとしてもまた作品であるという特徴があったとしても、判別するのが難しくなってしまいます。

 

是非是非今のうちに、ちょっと立ち寄った神社に置かれている狛犬なんかの後ろの刻銘を見てみてください。

 

もしかしたら、そこから大発見が生まれるかもしれません。

祭礼で神社に行ったときにでもちらっとお願いします。

 

武田石翁の資料や作品は少ないですが、鋸南町保田の菱川師宣記念館ではその展示会を不定期ですが開催していることがあります。

 

興味を持たれた方は立ち寄ってみてください。

 

また、武田石翁のお墓も保田の存林寺(ぞんりんじ)にあり、その作品も残されていますし、寺の須弥壇には伊八の作品もあります。

 

後藤の屋台彫刻、伊八の寺社彫刻、武田石翁の石彫りを見に保田の祭礼を堪能しにきてくださいね!

f:id:oragamatiko:20180801153116j:plain武田石翁の出身地本織の祭礼を見てみる

www.oragamati.com

参考文献・サイト

*1:大杉様という名前が出てくる祭礼が茨城県にもあります。その神社大杉神社というらしいのですが、その神社が鎮座する地が「阿波(あんば)」といいます。それにちなんで「あんば祭り」とも言うそうです。向こうの方はピンと来ないかもしれませんが、私たち南房総の人間ならこの地名ちょっと思うところがあります。これ「あわ」って読めますよね!また、この大杉神社は鹿島にもあるらしいのですが、南房総は鹿島ともゆかりの深い地でもあります。なんだか縁を感じる名前ですね。「大杉様」調べるときっと面白いのではないでしょうか。両者とも山車(屋台を含む)に杉を乗せて曳きまわします。