おらがまち

歴史大好きまちこ主催!弱小「文化財」応援ブログ!

なんで神社の歴史ってわからないの?「と伝えられています」「とされています」は悪いことじゃない。

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こんにちは。

弱小文化財応援ブログ「おらがまち」まちこです。

 

神社に行くと、その神社の由来が書かれた看板を見たりします。

そこには「と伝えられています」「とされています」と、めっちゃ書かれていませんか?

 

結局確定されているのことはなにもないのか!と、思ってしまいます。

 

 

それ、決して悪いことではありません。

 

なぜ悪いことではないのか?

神社の歴史について今回はご紹介したいと思います。

 

ではでは早速!

「と伝えられています」は神社のステータス

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「と伝えられています」「とされています」「といわれています」は、理由を知ると、それがいかに神社のステータスになるかがわかります。

 

いろんな考え方があると思いますが、1考察として読んでみて下さいね。 

=歴史が長い神社

成立年代がわかっていない神社は、もうそれだけで「=歴史が長い神社」に分類されます。

 

だって、縁起や書物・口伝(言い伝え)では確実なことがなにもわからない、わけだから。

 

ときどき、この時期に成立しました!と言っているところがありますが、これだって確実なものではありません。

書物や縁起などから推測されているというだけで、絶対にその時に建てられたと断言できるものではないのです。

 

少なくともそのときにその場所に、〇〇神社があった、というだけで、もしかしたらそれ以前にも違う形で神社の様なものがあったかもしません。

これだって、そうかもしれないというだけで、確証するものはなにもありません。

 

だって、誰もその神社を建てるところを見た人なんていないからです。

 

だから、その神社の歴史を知ろうとするのはとっても大変なこと。

つまり歴史が古すぎて、誰も本当のことを知らないし、誰も調べられない。

 

「と伝えられています」は、「資料などがないから」ではなく「古すぎてわからない」というのが正しい解釈かな。

 

極端なはなし、「と伝えられています」や「とされています」と記されている神社は、暗に「資料でも遡れないほど古い神社の可能性がある」と、言っているのと同じこと。

 

由来がわからないってのは、すごい「ステータス」なんです。

=身近な神社

いまではどこにでも村の守り神的な神社があります。

地区ごとにある神社というレベルです。

 

このような神社が成立し、書物等に明記されるようになるのは江戸時代に入ってから。

江戸時代初期に、幕府の命令によって大規模な神社の整備が行われています。

点在していた小さな祠や極小神社などは、ある程度規模のある神社に吸収合併、「合祀(ごうし)」されます。

 

なので、少なくともそうした神社は江戸時代初期くらいにまでは遡れる可能性があります。

そして点在していた祠など、合祀以前のことなどを考えれば、それ以前であるかもしれません。

 

自分のおうちのすぐ近くの神社のこと、毎日毎日日記に残している人っていないですよね。

 

どういうことかというと、あんまりににも身近すぎて意識したことがないからです。

だから、昔の人もあえて書物で残すなんてことをしてこなかったんです。

 

それくらい、わたしたちの生活に密着して、ともに歴史を歩んできた神社ということになります。

 

これはその神社にとってとっても喜ばしいことではないかと、わたしは思います。

「身近すぎる」だって立派な「ステータス」です。

神社のはじまり

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そもそも神社はどういった経緯で誕生したのかというと、人間の都合からはじまりました。

 

人間が「依代(よりしろ)」という、神様をすぐに呼ぶことができる道具を開発したことから、それを納めるための建物が必要になり、神社が成立します。

鏡や剣、勾玉とか、なにかしら「御神体」と呼ばれるものが神社に納められていますよね。

 

あれは神様を呼ぶための「依代」たち。

 

だから、それさえあれば、どこにでも神様をよぶことが出来たので、どこにでも神社を作ることが出来たんです。

f:id:oragamatiko:20180801153116j:plain依代についてはこちら

最初は建物はない

なので、本来は「神社」という形のものはありませんでした。

 

神社は依代を納めるための入れ物です。

でも鏡などの依代が出来る前から神様はいたのだから、歴史的にみると依代開発前から神様を崇拝する場所があったはずです。

 

近畿地方などには本殿のない神社がありますが、あれは古来の様式をのっとている純真無垢?な神様崇拝場所に近い神社。

 

例えば奈良県にある大神神社(おおみわじんじゃ)。

日本で最古の神社とされています。

 

この神社は現在も本殿という建物がありません。

後ろの三輪山を御神体としています。

だから山全体が神聖なもので、神社そのものということ。

 

そして、また出てきました「されています」。

 

ということは、始まりがあんまりにも古すぎてよくわからないすごく歴史がある神社ということになります。

 

大神神社のように「歴史はあるけど、いつからかはわからない」神社の周辺に、もし遺跡などがあったら、もしかしたらその神社、超歴史がある神社かもしれません。

 

大神神社の周辺には、縄文時代や弥生時代の遺跡が残されています。

祭祀を行ったようなものもあり、このことから大神神社ははるか昔から、神社としての素地(神社のおおもとになるような場所)であったことが指摘されています。

 

もしかしたら先史時代にまで遡れるかも!

 

大神神社に限らず、歴史の古い神社の周辺にはこうした祭祀遺跡の痕跡が見られることが多いです。

 

あの神社、縄文時代の成立だってよ。といわれるところが出てくるかもしれません。

 

いや、なんだか書いていて興奮してきました。

の著書:三橋先生は、神社以前の祭祀遺跡の重要性についてお話しています。

まちこも全くの共感でございます。

だから発掘調査は大事

だから、「発掘調査」というのはとっても大事なんです。

 

わたしのように神社の本当の歴史を知りたいのだ!という人間は、そうそう多くはないかと思いますが、是非いろんなところでやってほしい。

神社に限らず、歴史を知るためには発掘するのが一番なのです。

 

なぜなら、物証を発見することができるから。

 

昔のお皿でも出てくれば、それから年代を測定することが出来ます。

「少なくとも何年にはこの神社は、なにかしらの形としてあった」と言えるかもしません。

 

それは、神社の規模なんかは関係ありません。

ご近所の小さな神社も、発掘調査すれば意外な事実が発見されるかも。

 

古来から続く神社でなくても、成立不詳の神社であれば、何かしらの痕跡がみつかるはずです。

 

でも、発掘にはお金もかかるし、色々な許可も必要になるので、積極的に解明しようという人はいないかもしれません。

むかしから、こういった分野は後手後手で、あんまり重要視されてません。

 

実に残念。

近所の神社をあなどるなかれ~まとめ~

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だから近所の神社をあなどってはいけません。

 

地元の古老に聞いても、いつからの歴史があるのかわからない、と言われた神社。

少なくとも、そのおじいちゃんおばあちゃんが生きている間には、「見たことも聞いたこともない」わけです。

 

つまり、その人に関連している父母、祖父祖父母、昔なら曾祖父曾祖母なんてざらにいたかもしれないので、これらの人たちからも聞いたことがない、ことになります。

100年以上の歴史があるのは確実です。

 

この100年以上は、そのおじいちゃんおばあちゃんから数えてです。

だから古老が100歳なら、単純計算で200年以上の歴史があるのかもしれません。

 

地元の小さな神社だからといって、決して歴史がないわけではありません。

 

よその大きな神社、有名な神社ばかりに目や足が行ってしまうのは仕方のないことかもしれませんが、すぐ近くのその神社にも立派な歴史が隠されています。

 

ただ、そこに物証となる書物などが残されていないだけ。

「と伝えられています」と出てきたら、歴史のある神社なんだなぁと思ってください。

 

ご近所の神社。

もしかしたら、色々調べると意外な大発見があるかもしれませんよ。

 頑張れ地元の弱小文化財たち!

 

 

以上「おらがまち」まちこでした。