おらがまち

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江戸時代の様式を引き継ぐ神輿たちの祭り~川合・白間津・健田・上三原・真浦・青木・東横渚・白浜・名倉・原・下沢・塩浦祭礼~

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こんにちは。
弱小文化財応援ブログ「おらがまち」まちこです。


田舎の祭礼なんて誰も見ないよ?

 

有名どころでないお祭りは人知れず廃れていく運命ではありません!


地元のお祭りを少しでも全国の皆さんに知ってもらうべく、ブログにて絶賛紹介中です。
片田舎のお祭りだからと南房総の祭礼をあなどるなかれ。

 


今回は、白浜から千倉、和田にかけた千葉県南房総市の海岸沿いのお祭りをピックアップしました。

 

ではでは早速!

古様式の神輿と彫刻豊かな山車

南房総市千倉町

川合祭礼

例祭日

1月第4日曜

鎮守

愛宕神社

祭礼詳細

川合はJR千倉駅とJR千歳駅の間の地区。

屋台を所有していますが、現在は休止中です。

祭礼時に屋台を展示しています。

白間津祭礼

例祭日

7月第4金・土・日曜日(4年に1度)

鎮守

日枝神社

祭礼詳細

延喜元年(901)の創建の神社で、重要無形文化財に指定されている「白間津のオオマチ行事」で知られています。

4年に1度の祭礼では、おもに「ササラ踊り」などがメインとなり、神輿も4年に1度しか出御しません。

 

白木造りの小ぶりの神輿ですが、日枝神社では「神輿」とはいわず「鳳輦(ほうれん)」といっているそうです。

担ぎ手たちも白丁に黒烏帽子で、神輿の様式などからも古式の祭礼の様子が見られます。

 

日枝神社拝殿向拝他には後藤義光の彫刻あり。

健田の祭り

例祭日

10月第2日曜

鎮守

各地区にて

祭礼詳細

千倉町内陸の地区の合同祭。

中心となるのは下立松原神社(千倉)で、5地区の参加。

午後に下立松原神社に全神輿が集結しモミサシが行われます。

かつては「千倉の十日まち」といわれ、近隣10社が参加していました。

川戸(川戸神社)

 県道188号を瀬戸に向かう山間の地区です。

鎮守の川戸神社は、文禄元年(1592)の創建と伝えられ、明治に入って末社の豊原神社を合祀しました。

 

黒塗りの神輿が出祭し、出御に際して瓔珞(ようらく)などの飾りもつけたままなので、紫の飾り紐と合わさりとてもきれいな神輿です。

大貫(熱田神社)

川戸の手前山間の地区です。

養老元年(721)創建で、大変歴史の古い神社。

 

黒塗りの神輿は昭和初めごろ作ですが、造りが古代式の特徴あるものです。

牧田(下立松原神社)

JR千倉駅すぐそば至館山よりにあります。

この千倉の下立松原神社は、白浜の下立松原神社とたびたび論社として登場します。

今でこそ白浜が有名となっていますが、こちらの境内には「波の伊八」の作品や源頼朝の寄進のものなどあり、その隆盛を物語っています。

 

出祭する神輿は中型のもので、平成20年に平舘から購入したもの。

宇田(熊野神社)

県道188号線沿いの山間で、館山と隣接する地区。

鎮守は熊野神社。

創建は文禄元年(1592)、明治41年に山神社を合祀しています。

 

神輿は黒塗りで、「十六代浅子周慶」の札を掲げています。

瀬戸(水神社)

大貫を過ぎ瀬戸の交差点周辺地域。

水神社も交差点すぐそばにあります。

創建は長享元年(1487)。

 

神輿は中型で、金茶塗の屋根が特徴。

南房総市旧和田町

上三原祭礼

例祭日

11月3日

鎮守

各地区にて

合戸と五十蔵(春日神社)

合戸も五十蔵も嶺岡山系の鴨川市に隣接する地区。

南房総市旧和田町の上三原に属します。

春日神社を祀るようですが、どこに鎮座しているのかはわかりません。

 

屋台を出祭させます。

彫刻は後藤滝治義光によるものです。

上区(春日神社)

南房総市旧和田町上三原の地区のようですが、どこにあたるのかはわかりません。

鎮守の春日神社の所在も不明です。

 

昭和末から休止中で、上三原祭礼には参加していません。

 

神輿や山車の情報もありません。

竹ノ中+布下(山神社)

竹ノ中、布下とも旧上三原小学校(現自然の宿くすの木)周辺の地区で、鎮守の山神社も小学校すぐ近くにあります。

 

後藤滝治義光による彫刻が彫られた屋台が出祭。

真浦祭礼

祭礼日

7月第2土・日曜日

鎮守:

真浦神社

祭礼詳細

真浦(もうら)は和田漁港あたりから山間に続く飛び地のある地区。

祭礼は「天王様」と呼ばれ、神輿が出祭します。

真浦神社は、天照大神(あまてらすおおみかみ)、須佐之男命(すさのおのみこと)、表筒男神(うわつつおのかみ)の合祀神社。

 

神輿はかつて旧丸山町の岩糸のものをした取りし、十年ごとに塗り替えをしています。

30年前くらいまでは御浜出をして海にて禊をしていましたが、今は港ができてしまったため、浜の仮屋で一夜過ごします。

神輿を空中へ投げてキャッチするのが見物。

南房総市旧白浜町

青木祭礼

祭礼日

7月第2土曜

鎮守

青根原神社

祭礼詳細

南房総市旧白浜町青木の祭礼で、白浜小学校周辺の地区になります。

 

囃子屋台1台を所有していますが、以前は山車が2台あったそうです。

鎮守の青根原神社は青木の八幡神社、根本の金毘羅神社、原田の諏訪神社を合祀したことでついた名前だそうです。

厳島神社例祭

祭礼日

7月19日

鎮守

厳島神社

祭礼詳細

野島崎灯台の直下の地区。

鎮守の厳島神社も野島崎灯台のすぐ近くにあります。

 

囃子屋台と神輿を持っています。

神輿は小ぶり黒塗りのもので、平成4年につくられました。

以前は2月と7月の年2回祭礼があったそうです。

東横渚祭礼

祭礼日

7月12日

鎮守

加茂神社

祭礼詳細

東横渚(ひがしよこすか)は房総フラワーラインイチゴ狩りセンターのあたりになります。

 

桶屋台という珍しい屋台を持っていたそうですがすでに廃絶、部材の一部は神社に安置されています。 

八幡神社例祭

祭礼日

6月20日(2年に1度)

鎮守

八幡神社

祭礼詳細

 

里見氏との関連もある旧白浜町原地区の鎮守の八幡神社で行われる祭礼。

安房グリーンライン出口あたりになります。

 

明治12年に製作された大神輿と、中神輿・子供神輿の3基があります。

中神輿は先代神輿と考えられていて、江戸時代後期の作とされます。

浅間神社例祭

祭礼日

7月1日

鎮守

浅間神社

祭礼詳細

旧白浜地塩浦地区の鎮守で、乙浜漁港の手前の地区になります。

 

現在の神輿は台輪の幅が65センチと小ぶりの近代神輿で、昭和30年頃につくられたそうです。

社殿には先代の神輿が保管されていて江戸後期のもの。

「御浜出」もあります。

熊野神社例祭

祭礼日

7月第4土曜日

鎮守

熊野神社

祭礼詳細

旧白浜地下沢地区の鎮守。

昔紀州からやってきた漁民が古巣の熊野大社から勧請してきたと考えられています。

 

神輿を出祭。

明治頃製作、昭和の終わりに修復されましたが、古い作りの神輿。 

神明神社例祭

祭礼日

6月第2土曜日頃

鎮守

神明神社

祭礼詳細

旧白浜地名倉地区の鎮守で、館山市の畑へ抜ける旧道上り口に鎮座します。

 

昭和57年に新調した神輿が出祭します。

が、専門家によると古い様式を持っていることや古老の話によると「新調」ではなく「大改修」だったということから江戸後期頃のものではないかとされています。

 

「御浜出」では海に入って禊をおこないます。

明治頃製作、昭和の終わりに修復されましたが、古い作りの神輿。 

 

< 参考文献・サイト >

南房総の神輿や山車の特徴

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南房総の神輿の原型安房神社の神輿

南房総の神輿や山車には立派な彫刻が施されています。

とくに龍の彫刻が多く、お祭りの見どころの一つでもあります。

 

実は神輿や山車だけでなく、神社やお寺にもその傾向が。

 

これは南房総を中心に活躍した宮彫師の後藤一派が、龍の彫刻を得意としていたからです。

 

わたしたち南房総の人は、神社やお寺、神輿や山車に龍の彫刻が施されているのが普通だと思っているところがあります。

 

でも、これは全国的に見ても珍しい形。

どこにでもあるというものではないんです。

 

宮彫師であった後藤流の初代:後藤義光は、江戸を中心に修行を行い、その後神奈川県などで活躍し、再び故郷の安房に戻ってきてこうした作品たちを残しています。

 

後藤義光のように建築などの一部に彫刻を彫る人たちのことを「宮彫師(みやほりし)」といいます。

 

当時は後藤義光のように江戸に修行に赴いた関東近縁の宮彫師たちがたくさんいました。

活躍したのも江戸で、作品も江戸を中心にたくさんあったそうです。

 

あったそうです。

というのは、今現在はそれが残ってないため定かな記録などがないため。

 

江戸はその後、戦争や地震を体験し被災、そこに残されていた宮彫師たちの作品も焼失するなどして現在ほとんどありません。

 

でも、地方に残された作品は関東周辺に数多く残されています。

千葉県の南房総もその一つ。

 

観光にやってきた人たちがいかに南房総の寺社や山車や神輿に龍が多いか実感しているところかと思います。

 

こうした宮彫師たちの研究は、まだまだ発展途上中であまり進んではいません。

だからこうして残されている彫刻たちはとっても価値のあるもの。

 

もう一つの特徴は、江戸時代の様式を引き継いだ形の神輿が多いこと。

 

これは安房神社の様式を各地が真似て神輿を作らせたため。

真似るというと語弊がありますが、安房の一の宮であった安房神社の神輿を敬意を込めて継承している。

と言った方が正しいかもしれません。

www.oragamati.com

 

南房総の寺社やお祭りは、過疎化の影響で維持するのが大変です。

 

それでも残っているこの作品たちに、もっと多くの人が興味をもってくれればと思います。

 

いやいや、本当に異常なくらい龍の彫刻多いですよ~

一説には南房総は龍のパワーが宿るところっていう話もあります。

神輿も様式が古いものばかり。

神輿研究の皆さん、南房総どうでしょう!

 

パワーとご利益もらいに来てください~

 

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ちなみに地元人でも「え~そんなのあるんかい!」という内容も多々あり。

宿泊予約ならJTBホームページが大分細かく地域の宿泊情報を網羅しているのでおすすめ。

 

 

以上「おらがまち」まちこでした。

 

 

あなたも自分の地元のお祭りをネットで情報発信してみませんか?
同志たちよいざ行かん!