おらがまち

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お財布は神棚?金運をアップさせたい人は、お財布とお金の本当の役割を知ろう!

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こんにちは。

弱小文化財応援ブログ「おらがまち」まちこです。

 

金運をアップさせたいと、思うのは世の常。

まちこだってお金欲しいです。

天から降って来ないかなぁと思ってしまいます。

 

だから、人は金運アップをしたいと願ってしまうのですが、この金運アップのためにネットを検索すると「お財布はとても大事」と出てきます。

 

そりゃ汚いお財布よりはきれいなお財布の方がいいのですが、なぜ「金運アップ」にはお財布の存在が欠かせないんでしょうか?

 

今回はお財布とお金の関係について、歴史からひも解いてみたいと思います。

 

ではでは早速行ってみましょう!

お財布の歴史

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お財布の歴史は、もちろん「お金」が誕生したことからはじまります。

ではお金はいつごろから使われるようになったんでしょうか。

世界のお財布

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お財布のはじまりは「硬貨」のはじまりでもあります。

貴重なお金を落としたり、無くしたりしてしまわないように袋に入れたことからはじまりました。

 

世界最古の硬貨は紀元前((諸説ありますが、アナトリア半島 (現在のトルコ付近)を中心に栄えた国家で作られたのが最初)にまで、さかのぼることが出来ます。

 

「コイン」でイメージされるように、人物の顔が象徴の穴の開いてないものだったので、必然的にお金を入れる袋が必要になったんですね。

 

最初はただの袋状のものでしたが、やがて17世紀になるとヨーロッパで「紙幣」が誕生し今の形に近いお財布が使用されるようになりました。

この頃の主流は、馬や牛の皮をなめしたものが多かったようです。

 

ヨーロッパでは初期から「袋」、17世紀に紙幣が誕生すると今の財布と同じ形へとなり現在に至ります。

日本のお財布

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では日本でのお財布の歴史はどうなっているんでしょう。

 

日本の最初の硬貨といえば「和同開珎(わどうかいちん・わどうかいほう)」。

歴史の教科書にも出ているので、なんとなく知っている人もいるかと思います。

 

製造されたのは和銅元年(708)で、日本で確実に存在したとされている通貨です。

それ以前にもあったようですが、不確かな部分が多く、流通という観点からは疑問が残るものでした。

 

ただし、流通量は圧倒的に少なく、畿内とその周辺だけであったと考えられています。

基本、日本も平安時代くらいまでは物々交換が主流だったので、「お金」という概念は一般庶民にはほとんどありませんでした。

 

ところが平安末期に入り、平清盛をはじめとする平家が宋(そう)の国(中国)と貿易を行うようになります。

この貿易のやり取りの中で、盛んに中国の硬貨を使用するようになります。

 

朝廷を中心としない、武家や商人たちの間に瞬く間に広がり、「硬貨」の流通量は一気に増えました。

 

やがて室町時代になると、中国からの貨幣だけでは流通量を補いきれなくなり、自国で製造するようになります。

江戸時代には大判小判が出来上がります。

 

中国では紀元前から青銅や鉄などで作られた硬貨があり、穴が開いていたのが特徴。

 

時代劇なんかで、お金に穴を通してやり取りしている映像が思い浮かびますが、これらは東アジアのお金の特徴でもあります。

もちろん日本も穴の開いたお金でやり取りしていたので、紙幣が誕生する江戸時代までは袋やお財布というよりも「紐」がお金を持ち運ぶための道具でした。

 

そして江戸時代になると貨幣の利用頻度も格段に増え、貨幣の整備もされたことから紐でくくった大金が動くことよりも、一般人が小銭で直接お店で買い物をするようになります。

そのため一枚ずつ硬貨を使う事が多くなり、簡単に出し入れ出来る「巾着」が使用されはじめます。

 

明治時代に入り西洋の文化を取り入れるようになると、紙幣や硬貨両方を使用するようになり、今のお財布と同じ形のものへとなり現在に至ります。

 

日本でのお財布は、初期は「紐」、江戸時代に入り貨幣の整備が行われると「巾着」、明治維新後に現在の「お財布」へと変化して行きました。

 

ちなみに「がま口」は、いかにも日本風なイメージがありますが、これは明治時代に入ってからやって来た舶来品。

 

さらに余談ですが、まちこはがま口派です。

使いやすくて。

お財布とお金の本当の役割

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このようにお財布とお金はともに発展してきた歴史があります。

 

では、なぜ金運アップするには「お財布」は欠かせないんでしょう。

これも日本ならではの事情があります。

お金はお札(おふだ)と同じ

硬貨の歴史は上でお話した通りですが、江戸時代前まではまだまだ一般庶民にとってはなじみのあるものではありませんでした。

 

ところが江戸時代になると「お店で買い物をする」一般人が増え、「お金」が身近な存在へと変わって行きます。

 

さらに江戸時代にお金にとって重要な転換期が起きます。

それは「紙幣」の誕生です。

 

この紙幣は、今のような形状のものではありませんでした。

見た目まるで「お札(おふだ)」のようなものです。

 

しかも始まりは伊勢神宮。

 

それを広めたのも伊勢神宮の神様を広げるために全国を行脚していた「御師(おんし・おし)」と呼ばれる人たちでした。

 

このことから「紙幣=お札(おふだ)」という考えが根本にあり、紙幣は「大事なもの・神聖なもの」と捉えられていました。

 

 

なので、どの金運アップの占いを見ても、風水をみても、スピリチュアルなものでは全て「お金は大事に扱わなければならない」ものとされてしまうのです。

 

とくに紙幣が「しわくちゃではいけない」とか、「折りたたんではいけない」とか、「向きが大事」とか言われるのはこのためです。

 

つまり「おさつ」(広い意味でお金ってことで)は「おふだ」に通じるため、中には神棚に飾っておくべきだ!なんてものもあります。

 

あながち間違った見解ではなく、日本人の根本にある「おさつ」に対する概念は「おふだ」と同義なので、大いに「あり」な方法だと思います。

 

実は、とっても奥が深いんです。

f:id:oragamatiko:20180801153116j:plainおさつの誕生についてはこちらの記事へ

お財布は神棚と同じ

そもそも「おふだ」はなんの役割があるんでしょう。

 

「おふだ」は神様を呼び寄せるための「依代(よりしろ)」となってくれるものです。

依代は神社の御神体でもあり、おふだはお守りや神棚にも納められていものでもあります。

 

お財布の中に入っている「おさつ」が「おふだ」と同義と考えるなら、お財布はお守りのようなもの神棚のようなもの、極端な話し神社のような存在といえます。

 

依代を守るべき「外箱」ってわけですね。

 

ではちょっと神様目線になってみてみましょう。

 

もし降臨するための神社や神棚、お守りが汚くて壊れていたりしたらどうでしょう。

神社のある場所が草ぼうぼうだったり、神棚のある壁が黒くくすんでいたり、お守りを押入れの奥底にしまいこんでいたらどうでしょう。

 

多分、絶対、イヤ。

 

なんせ日本の神様は大変きれい好き。

明るい所も大好きだし、落ち着いたところにいたいんです。

 

ではでは、これらをすべてお財布に置き換えてみて下さい。

 

お財布が汚れていたり、保管している場所が適当な場所であったり、手入れのさていない家だったりしたら、と、考えると、納得しちゃいませんか?

 

金運アップの占いや風水なんかは、これにのっとってるんです。

 

例えばこんなやり方は、とっても良い?方法かと。

⇒ 仲手川財布店【お財布専用ふとん】

金運アップをしたいなら~まとめ~

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「金運アップ」をしたいと思うのは誰も同じです。

楽して稼ぎたいのは人間の本能でもあります。

 

わたしたち日本人の金運アップには、「お金」の歴史と深い関係があります。

 

いくつかテーマを変えてこのブログでもご紹介していますが、何度書いても日本人のこの気質っておもしろいです。

 

金運アップなんて信じてないよ、という人でも、この歴史を知っていると納得してしまいますよね。

かくいうわたしも。

 

だからお財布の存在はとっても大事なんです。

 

もし金運アップをしたいと願うなら、お財布を大切にしてあげてくださいね。

 

 

以上「おらがまち」まちこでした。