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神社とお寺の違い。鳥居があると神社?ないとお寺?なんで日本人なのに見分けがつかないの?

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こんにちは。

弱小文化財応援ブログ「おらがまち」まちこです。

 

日本人なのに神社とお寺の違いがわからない。

 

なんて思ってしまいますが、実はこれ「日本人だからわからない」んです。

 

むしろ外国の方の方がすんなり、こっちは神社、こっちはお寺って理解することが出来ます。

 

どうしてか?

それは1000年以上も刷り込まれた私たち日本人の感覚だからです。

 

ではでは、なんで日本人だと神社とお寺の違いがわからないのか、詳しく解説して行きたいと思います!

そもそも神社とお寺とは

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神社とは?

日本独自の宗教「神道(しんとう)」の宗教施設です。

 

神道には「八百万(やおろず)の神」といわれるほどたくさんの神様がおり、全国の神社の総数は8万5千とされ、さらに個人的に祀っているものも含めれば10万社以上あるともいわれています。(神社本庁)

 

神社を管理しているのは、神職である神主さんや巫女さんになります。

 

基本的な造りは、

  • 鎮守の森
  • 鳥居
  • 手水舎
  • 拝殿(参拝する建物)
  • 本殿(神様がいる建物)

となります。

 

神社の名称は「~神社」ってのがほとんでですが、「~八幡(はちまん)」「~稲荷(いなり)」「~権現(ごんげん)」「~社(しゃ)」「~宮(ぐう)」「~神宮(じんぐう)」「~大社(たいしゃ)」などもあります。

 

この名称の違いは、神社の社格(一種のランクのようなもの)や御祭神によるもので、特別基準というものはありません。

ちょっとややこしいですね。

f:id:oragamatiko:20180801153116j:plain神社の詳細解説はこちら

お寺とは?

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一方お寺は、仏教の宗教施設になります。

こちらは日本独自の宗教ではありませんので、世界各地に仏教の寺院はあります。

 

日本での数は体感的には神社の方が多い気がしますが、江戸時代に檀家制度が出来た事により神社に匹敵する数があります。

 

文化庁の統計によるとその数7万7千寺。

さらにお坊さんの数になると34万人です。

 

兼務社(複数の神社を管理すること)が多い神社と比べると、個々に独立で管理しているパターンが多く、お坊さんの数は神職より圧倒的に多いです。

 

基本的な寺院の建物の構成は

 

  • 金堂・本堂(本尊を祀る建物)
  • 塔(五重塔、多宝塔など)
  • 講堂(お坊さんが勉強するところ)
  • 鐘楼(いわゆる鐘つき堂)
  • 経蔵(経本がおいてあるところ)
  • 僧坊(お坊さんの住まい)
  • 食堂(お坊さんがご飯をたべるとこ)

の7つ。

時代や宗派によってちょこちょこ名称が変わったり、配置や数などは変わってきますが、ほぼこれらの建物で構成されています。

 

お寺は「~寺(じ)」や「~院(いん)」と呼ばれます。

この違いは簡単。

 

お寺の正式名称は「〇〇山▽▽院◆◆寺」になります。

この中の院を名乗るか、寺を名乗るかの違いだけです。

 

ちなみに「〇〇山」は、お寺があるところが大体山の中だったことから、その山の名前をとってつけられています。

神宮寺ってなんだ?

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「神宮寺(じんぐうじ)」という名前をわたしたちはよく耳にしますが、これは神社なんでしょうか?

それともお寺なんでしょうか?

 

答えは両方。

 

お寺でもあり神社でもあります。

両方がないと名乗ることが出来ない名称なんです。

 

なので、お寺でもあり神社でもあります。

 

神宮寺というと一般的に「神社に付属する寺院」ととらわれがちですが、どちらが優位に立っていたとか、主体だったとかと一概にいえない密な関係のものでした。

 

でもこの神宮寺ってのは、日本の宗教観の中でかなり日本人にマッチしたものでした。

そのため、幕府や地方の領主などの庇護のもと祈祷寺とされ、大規模な施設であったことが多いのも特徴です。

 

ところが明治時代になるとこの形はご法度とされ解体され、寺院と神社が分離します。

そしてこの流れに乗れなかった神宮寺は消滅してしまったり、どちらかへ吸収されてしまうなど、「神宮寺」としての機能はここで失われてしまします。

 

別当寺や神護寺ともいい、別当寺に限っては神社を管理する寺院という感覚が強いです。

なんでごっちゃになったのか?

そもそも神社と寺院はそれぞれ独立していて、上記のようにまとめるとそんなに難しものではありません。

 

読めばわかるほど、解釈としては簡単なものです。

 

なのになぜわたしたちは、お寺と神社の区別がつかないんでしょうか。

なぜ神宮寺のようにごっちゃの宗教施設が誕生したんでしょうか。

 

それには日本の宗教の移り変わりが大きく関係しています。

神仏習合で合体

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日本に仏教が伝来した6世紀当時は、神道とは仏教は別々のものとして受け入れらていました。

 

ところが伝来してすぐ変化が起こります。

 

神道の神様が、仏教に帰依するようになるんです。

 

「帰依(きえ)」とは、仏教の教えを信じ信仰すること。

日本の神様が仏教の仏様に教えを請うって形にものすごい違和感ありますが、ここも日本独特なんです。

 

これが外国だと土着の神様は潰されて、付き従わされてしまうものとなってしまいます。

ところが日本ではこれは起きず、日本の神様が仏教に近づいて行くという、摩訶不思議な現象となります。

 

さらに8世紀後半になると、今度は仏教の仏様が神社に接近。

お寺の敷地内に、お寺を守護するものとして神社を創建するようになります。

 

仏教と神道がもちつもたれつの関係となり始めます。

 

この流れの中で、先の項目でもお話した「神宮寺(じんぐうじ)」の初期の形が出来上がって行きます。

 

一説には、仏教を普及させるために仏教を優位に立たせ、意図的に神宮寺や神道の神の仏教への帰依をさせたともいわれています。

 

ただいずれにしても、この流れが日本人にすんなりと受け入れられたことは確かですね。

これは次の時代になるとさらに進化します。

本地垂迹で変身

10世紀平安時代になると、それまであくまで別々の信仰対象であった日本の神様と仏様は、ついにとうとう!

 

変身し合うまでの関係になります。

 

「本地垂迹(ほんじすいじゃく)」といって、仏様が日本人を救済するためにそのままの姿では外国のよくわからん神様だから、わかりやすいように神道の神様の姿になってあらわれた、というものです。

 

簡単にいうと、仏様じゃ抵抗あるだろうから神様になってみたよってことですね。

 

なので、日本の神様と仏様は表裏一体。

 

例えば、日本の総氏神さまである「天照大御神(アマテラスオオミカミ)」は、仏教では「大日如来(だいにちにょらい)」とされます。

 

ほかにも

  • 八幡さま(応神天皇) = 阿弥陀如来
  • 須佐之男命 = 牛頭天王 または 薬師如来
  • えびすさま = 毘沙門天 または 不動明王

などはよく聞いたりする例かとおもいます。

 

神社や寺院などのお互い関連性があるものは、隣同士に建っていたり、すぐ近くに神社があったりと、参拝しやすい形になっているものが多いのも特徴です。

 

このような神道と仏教の相互関係、密な関係を「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」と呼び、奈良時代から1000年以上も続いていきます。

 

一番身近なのは「七福神」。

これは面白いことに仏教のみならず、ヒンズー教や道教などの様々な背景をもつ神様たちが集合した信仰対象です。

 

「七福神」は、この神仏習合の発展系と考えるのが一番いいかな。

 

日本の宗教ってほんとなんでもござりで面白い。

廃仏毀釈で分離

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しかし、明時代に入ると「神道一本」が推奨、いや義務化されます。

 

天皇を中心とした国家を築くために、神宮寺のような仏教と合体したような中途半端なものは許さん!とされ、神社が中心となっていきます。

 

これを「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」といい、読んで字の如し「仏を廃す」ことです。

 

この時期に壊されてしまった仏像なども数多くあり、国宝級のものから地方のものまでその数計り知れません。

もちろん「神宮寺」のような立ち位置のものも御法度とされました。

 

「神仏習合」は、一応ここで終わってしまいます。

 

でも、1000年以上も続いて来たこのぐっちゃぐっちゃの宗教観を、明治の廃仏毀釈で急に変えることは出来ません。

 

今のわたしたちも神社とお寺の区別ってあんまりつきませんよね。

それはこの1000年以上も続いた刷り込まれた意識のせいです。

 

しかも、神社側もお寺側も一気に何か儀式や神事をかえることってできません。

建物だってその時期を境に一気に建て替えるなんてこともできません。

 

そこここに名残の残る「神仏習合」の面影と、わたしたちの中に刷り込まれた感覚ってのはそうそう変えられないのは、物理的にも現実的なこと。

 

明治の廃仏毀釈からたった100年。

神仏習合の流れは1000年以上。

 

日本人が神社とお寺を区別できないのは、恥ずかしいことでもなんでもないんです。

まとめ

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ちなみに神社やお寺で、絵馬を奉納したり、おみくじをひいたりしますが、これも神仏習合の経緯をもろに反映しています。

 

絵馬は、かつて神社へ馬を奉納することで願掛けをしていたことを起源としています。

それが仏様も馬に乗ってやって来るなどの説がおこり、さらに神仏習合をきっかけにお寺でも奉納されるようになりました。

 

おみくじは神社由来のものかと思いきや、こちらの起源は慈恵大師という天台宗のお坊さんが始めたものが起源とされています。

 

神社にも古代から「神の意志」を引くっていう神事がありましたが、この慈恵さんのおみくじと合体して、神社やお寺でも出来るようになりました。

 

 

などなど、お寺と神社の区別がつかないように、おみくじや絵馬もいつまのにか一緒になり、初詣もどっちに行っても問題なく、隣同士に建っていたり、御朱印帳ももうぐっちゃぐっちゃです。

 

でも、このぐっちゃぐっちゃの思想こそが「日本」そのもの。

 

神社とお寺がわからないと思うのは、それはあなたが日本人だから。

初詣にお寺と神社どちらに行ったらいいのか迷ったら、自分が行きたいと思った方に行くのが一番。

 

とりあえず、鳥居があったら神社ぐらい覚えておくと、地図記号で間違えることはありません!

また「~寺」「~院」という名前ならお寺、そうじゃなければ神社と覚えましょう!

 

 

以上、「おらがまち」まちこでした。

f:id:oragamatiko:20180801153116j:plainなんで神社を知りたいの?