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歴史大好きまちこ主催!弱小「文化財」応援ブログ!

波の伊八の生まれ故郷、鴨川市西条・東条地区の祭礼。もちろん波の伊八の山車や屋台が盛り沢山!

西条祭礼と東条祭礼について

鴨川市の海岸沿いから内陸に入った鴨川市役所などがあるあたりで、西条・東条ともに千葉県道181号線沿いにある地区になります。

 

平坦に開けた地で田畑が広がり、春になると鴨川市役所の裏手では「菜の畑ロード」と言われるとても広い菜の花畑を見ることが出来ます。

 

古来よりもともと条里(まっすぐに道を敷いて土地を整備すること)が敷かれた土地だったこと、古墳や城跡などがあったことも発掘調査でわかっています。

両者とも地区名に「条」が付くのでその名残が伺えます。

 

江戸時代になると陣屋(藩庁、今でいう県庁や市庁などの公共施設)も置かれ、

そのため大きな寺社が多く、県指定や市指定の文化財など貴重な建物が乱立しています。

 

「波の伊八」の誕生の地である打墨(うっつみ)の西条にはじまり、これらの寺社には初代の伊八から5代伊八のほか、後藤義徳の彫刻などがあり、祭り好き人間に限らずとても見どころの多い地区です。

 

西条・東条は隣り合っている地区で、これらの山車や屋台にも伊八の作品があります。

大変時代を感じることのできる土地と祭礼です。

f:id:oragamatiko:20180801153116j:plain条里制の敷かれた土地の祭礼

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詳細情報

鴨川市の千葉県道181号線沿いの地区で開催される祭礼で、西条と東条それぞれで合同祭が行われます。

 

毎年10月の第1土日に西条祭礼(花房滝口神社例祭)と西条地区祭礼、第2土日に東条祭礼が行われます。

 

西条の祭礼は、昭和46年までは10月25日だったと聞いています。

花房と西条祭礼の祭礼日や東条祭礼の男金神社の例祭の兼ね合いについての勉強不足の為詳細は不明です。

 

西条は山車2台、屋台1台、神輿2基、東条は屋台4台が出祭します。

 
参加地区は、西条は打墨、花房、滑谷の3地区、東条は和泉、東町、八坂、庤(※「寺」にまだれ)は4地区、合計7地区です。

山車・神輿等をご紹介

西条・打墨(打墨神社)

打墨(うっつみ)は鴨川市役所から大分山間にいったところ、鴨川有料道路から少し降りたあたりです。

 

鎮守の打墨神社は、大正10年に動山にあった宝光神社(御祭神:大日孁貴命(おおひるめむちのみこと))と森の下にあった少彦神社(御祭神:少彦名命(すくなひことのみこと))を合祀した神社です。

社殿は平成13年と新しいですが、後藤義徳の彫刻が施されています。

一時流鏑馬も行われていたとか。

ちなみに大日孁貴命(おおひるめむちのみこと)は天照大御神のことです。

 

破風山車を持ち、人形は神功皇后。

先代の山車は白浜から譲り受けたもので、現在のものは平成13年に川股三喜男が製作しました。

神輿もあり昭和56年頃から出祭しています。

f:id:oragamatiko:20180801153116j:plain現在も流鏑馬が行われている吉保八幡神社の祭礼

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西条・滑谷(熊野神社)

滑谷(ぬかりや)は千葉県立長狭高等学校の周辺で、加茂川沿いにあります。

熊野神社を祀ります。

 

屋台を所有し、滑谷青年会全員で昭和60年に製作したものです。

彫刻も自作。すごい。

西条・花房(瀧口神社)

花房は鴨川市役所を上り、打墨に隣接する地区です。

瀧口神社を鎮守として祀ります。

 

破風山車を持っていて、恵比寿人形を乗せます。

現在のものは2台目で、平成5年に宝くじの助成を受けて製作したものです。

八色・杉田敏明が同鴨川市内諏訪講の山車を模した南小町の山車を手本に作られました。

 

囃子台上部に注連縄を飾る珍し山車です。

先代の1台目は、現在のものが出来たのと同時に廃絶。

神輿は200年以上前に製作されたもので由緒あるものです。

f:id:oragamatiko:20180801153116j:plain諏訪講の山車

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東条・西町(庤(※寺にまだれ))(庤神社)

庤(もうけ)は鴨川市西町で、庤神社が鎮座します。

御祭神はオオヒルメノム(天照大御神)で、由緒等は不明で源頼朝が伊勢神宮の御神領として奉納した地と言われています。

 

囃子屋台があり、昭和54年野村順一が彫刻し、昭和56年に豊田喜重郎が製作しました。

東条・和泉(男金神社)

和泉は鴨川市役所からずっと山間、保台ダムまで含む大変広い地区です。

鎮守の男金神社は、「和泉の三役」として市指定の無形民俗文化財に指定されています。⇒和泉の三役/鴨川市ホームページ

古来は「妙見社」と呼ばれていました。

五穀豊穣と無病息災を願って、棒術・羯鼓舞・神楽獅子舞を和泉区内の3地区がそれぞれ担います。

江戸時代の文政年間頃から三役としては始まったと伝えられてるそうです。

 

大正期に製作された屋台があり、後藤喜三郎橘義信の彫刻があります。

昭和59年に古い彫刻部材を利用して川股三喜男が大改修を行い現在に至ります。

f:id:oragamatiko:20180801153116j:plain「和泉の三役」と同じ神事を行う祭礼

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東条・東町(八幡神社)

東町は東条海岸沿いから山間に延びる細長い地区です。

また飛び地が多いのが特徴です。

八幡神社を祀ります。

八幡神社では昭和初期まで流鏑馬が伝えられていたそうです。

 

5代伊八高石信月(脇障子)と川股三喜男の彫刻が彫られた屋台が出祭します。

大正か昭和に製作されたもので、昭和55年頃に川股三喜男が大改修を行い欄間と蛙股を彫刻したそうです。

東条・広場(八坂(八坂神社))

八坂は鴨川市広場で、八坂神社を鎮守として祀ります。

東町同様東条海岸沿いから内陸へ伸びる地区で、区内にある鏡忍寺は日蓮宗本山で日蓮のゆかりのものや初代伊八の彫刻が残され、文化財の多く残る寺です。

 

屋台は、5代伊八高石信月の彫刻で、昭和10年ごろに広場・尾瀧常治が製作したと言われています。

まちこ豆知識

波の伊八とその仲間たち

naminoihati-seika

 鴨川の打墨と言えば「波の伊八(ここでは初代を指す)」生誕の地と知られていますね。

今では屋敷跡は墓地となってしまい、その面影だけが残されています。

 

南房総から館山、鴨川、外房を拠点に活動していた伊八ですが、美術館や博物館は残念ながらありません。

 

なぜなら伊八の作品は、まだ現役だからです。

 

彫刻部材のみが残されているのは逆に少なく、ほとんどが寺社の建築の一部、山車や屋台、神輿の一部として今なお現役続行中です。

 

なので、伊八の作品を見たいのならば現地に赴くしかありません。

 

「伊八会」という伊八のファンクラブがあり、そちらで写真集などが販売されています。

一般書店では購入できませんので、ご興味のある方は伊八会 - 初代「波の伊八」ファンクラブをご参照ください。

 

作品が残されている場所や観光ルートなどは市役所などにお任せしここでは割愛します。

 

伊八のお仲間の「寺社彫刻師」は江戸を中心に活動をしています。

 

寺社彫刻が最盛期だったのは江戸時代後期です。

 

伊八が活躍し始めたころからどんどん発達して行き、初期は彩色きらびやかで後期は素木、白木造りと推移していきます。

 

そして終わりを迎えるのは明治です。

 

神仏習合(神社もお寺も同じっていう考え)が神道一本という流れになったことでごちゃごちゃした装飾が御法度になったからです。

 

この寺社の彫刻師は宮彫師とも言われ、そのほとんどが江戸・武藤・上野・常陸・上総・相模・房州にいます。

活動をしたのもほぼこの地域です。

そして遺作がのこされているのは、なんと地方がほとんど。

 

東京にあったはずの彼らの作品は東京大空襲など戦時中に焼けてしまい、あるにはありますがそんなに多くないんです。

 

私たち房総の人間はこうした彫刻が身近にあることが普通になってしまっていますが、実はこうした寺社彫刻装飾がある特別な地域に住んでいるんですよ。

 

で、これらの寺社彫刻ってのは研究者の間ではあんまり人気でない。

 

なぜなら、彫刻=仏像という考えだからです。

 

寺社彫刻は「所詮寺社建築の一部だから」=「彫刻」としてみなされてないのがほとんど。

 

私も学生時代に寺社建築の勉強をしましたが、寺社建築の授業でこの宮彫師たちの話を聞いたことは一度もありません。

 

寺社建築の勉強では、建築面の立体構造の事ばかりです。

時代も江戸時代中期~後期と比較的新しい(研究者の中では)ので、寺社建築の研究家の間でもあんまり研究されていない。*1

 

なのに、寺社に彩色されている絵は研究されている。

 

なぜなら、絵画師の研究者はいっぱいいるから。

 

なんだか理不尽ですよね。

 

しかも建築外部のものがほとんどなので、いくら江戸時代と比較的新しい彫刻でも雨風で痛みが激しいんです。

いずれ風化してしまい、修復作業が困難になることが目に見えていて残念でなりません。

 

もったいないです。

 

研究がされていないから、どんな人物の作品がどこに残されていているかもよくわかっていません。

 

冒頭にも触れましたが、伊八に限らずこうした寺社彫刻たちは現役続行中です。

その部材のみを取り外してしまったら、きっとその魅力や価値はは半減してしまうことでしょう。

 

だから皆さん出番ですよ。

 

江戸・武藤・上野・常陸・上総・相模(東京、茨城、神奈川)の皆さんも!

どんどん寺社彫刻を撮って、もしくはこうしてネットでupして紹介しましょう。

 

そこから大発見があるかもしれませんよ!

 

旅行に行ったら是非寺社の軒先を覗いて写真をカシャッとお願いします。

 

↓著者は宮彫師の彫刻に魅せられ全国各地を回った方です。写真家なのでアングルなどもバッチリ。おすすめの写真集です。

参考文献・サイト

*1:もうこの時代には建築の様式や構造などは確立されていますから、建築的に研究することはあまりない。