こんにちは。
弱小文化財応援ブログ「おらがまち」まちこです。
今日は「仕事」について。
ブラック企業や転職、パワハラなどなど、仕事に関する悩みはたくさんありますよね。
でも辞めたいけどなかなか辞められない。
こんなに大変な思いまでして、仕事ってしなければならないんでしょうか。
日本人はあまりにも仕事に対して勤勉であるということがちょっと不思議なくらい。
実はこれは、神道の考え方が根本にあります。
神社・神道の本や古事記などを読んでいるとこのことがよくわかります。
この辺を民俗学・歴史的にひも解いてみたいと思います。
そこには一体何が隠されているのか。
早速みてみましょう!
仕事は美徳?
日本人って、「辛くても大変でも仕事は辞めちゃダメだ!」ってよくいいますよね。
諸外国なら、いやなら辞めればいいじゃん、ってなるところだと思いますが、なんでこんな考えになってしまったんでしょう。
心理学とかそういったことは全くの専門外ですが、民俗学的歴史学的もこれがわかることがあります。
ヒントは「古事記」。
歴史が苦手な人もちょっとお付き合いくださいね。
古事記や日本書紀の謎にもせまってます。
日本では神様も働く
「古事記」の中にはたくさんの神様が出てきます。
この神様たちに共通してあることが一つ。
それはどの神様も「仕事をしている」ことです。
古来から「労働は尊く神聖なもの」という考えがありますが、これはこの神様も働いているんだからってことに他なりません。
代表的な働く神様といえば、伊勢神宮でも有名な「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」。
太陽の神様で「みんなの前に立って光輝かす」のが、天照大御神の本当の仕事ではありません。
本当のお仕事は、天上界で稲作をすることです。
だから、地上の人間たちのためにも稲作をやりたかったらしいのですが、天上界のお仕事があんまりにも忙しいので無理。
というわけで白羽の矢があたったのが、天照大御神の孫である瓊瓊杵命(ににぎのみこと)です。
天上で預かった稲穂を地上に植え育てた最初の神様になります。
瓊瓊杵命のひ孫は、初代天皇の神武天皇。
つまり天皇家の直接の祖先です。
だから天皇も神様の一人で「現人神(あらひとがみ)」として地上に存在しています。
そして天皇のお仕事も稲作です。
どこかに行って手を振ってニコニコしているだけが仕事と思われているかと思いますが、本来の仕事は稲作。
しかも、国民のために稲作をするのが仕事なんです。
皇居には小さいながらも田んぼがあって、毎年田植えから稲刈りまで天皇自身が行っています。
これは瓊瓊杵命、さらには天照大御神につながる長い歴史をもった「仕事」です。
日本ではどんな人、どんな神様でも、仕事をしているのが当たり前ってわけです。
稲作をお願いされた人間
とはいえ、天皇だけで日本全国の人のためにお米を作ることは大変です。
そこで神様(天皇)は人間に稲作の仕事をお願いします。
「私の代わりに稲作の仕事をやってはくれないだろうか?」
と。
人間はもちろんこれを快く引き受けます。
だって、神様もやっている仕事を自分たちも出来るんですから。
しかもわざわざ「お願い」されたんですから。
稲作りはとっても神聖な仕事。
稲作に従事した人たちのことを「公民(おおみたから)」としている地域もあります。
「おおみたから」は「大御宝(おおみたから)」とも「大御田の田子(おおみたのたご)」*1ともされ、尊ばれていました。(参考:図説神道より)
だから彼らは仕事に誇りとプライドを持っていました。
↓ 神様の仕事や神社のことがぎゅっと詰まっています。
辞められないのは神様のせい?
この辺りになってくると現代人にも通じる考え方が出てきます。
仕事を神様にお願いされてやっているもの、仕事は神様もやっている、のが日本人の当初思うところでした。
やがてそこから神様が抜けて、仕事は誰かにお願いされてやっていること、仕事は誰もがやっていることとなっていきます。
さらに、仕事は大変でもやらないとならないもの、途中で投げ捨ててはいけないもの、となってしまったんですね。
だから日本人は、仕事にプライドを持って誇りを持って、いやでも辛くてもやめちゃいけない!って思ってしまうんです。
こりゃもはや刷り込まれてしまった悲しいサガです。
よくテレビやラジオで、仕事を辞めたいけど辞められない人の相談コーナーみたいのがありますが、まちこはこれを見るたびに「ああ、この人も日本人だな~」と思ってしまうのです。
今では昔ほど仕事に命をかけるなんてありませんし、結構簡単に仕事を辞めてしまう人もいます。
日本的な考え方が薄くなってしまっているともいえるでしょうし、そういう時代だからともいえます。
日本って結構右習えなところがありますから。
どう転んでも日本人的だと思うのはわたしだけかな。
ホント面白いです、日本人。
おもしろ日本人の性格はこんなところにも。
神様はいいかげん~まとめ~
「さぁ!神から与えられたものなのだから、仕事がいかに辛くても耐えるのです!それが我々に与えられた使命なのです!」
なんてセリフが聞こえてきそうですが、まちこは変な宗教を立ち上げようとしているわけではありません。
オカルトやスピリチュアルのお話をしたいわけでもありません。
しかも日本風、神道風にいうなら仕事は「与えられた」ものではなく、「お願いされたもの」です。
日本人は無宗教といいますが、宗教が表に出てこないだけで、個人的には大変宗教的な国だと思います。
神道は生活に染み込んでしまっていて気づかないだけで、知らずわたしたちは宗教的なことに影響をうけています。
なので、この「お願いされたもの」を全う(まっとう)できない、遂行(すいこう)できないことが恥だと思ってしまうんですね。
現代人が神道といった宗教観を意識して生活することはまずありません。
でも、「仕事を辞める=恥」という感覚は古来から染みついた習性です。
この感覚日本人なら誰でも持っていないでしょうか。
辞めたいのに辞められないというのはここに原因があるのかと。
別に仕事を辞めたっていいんですよ。
ずる休みしたっていいんです。
だって、古事記の神様たちもさぼったり怠けたりしながら、ほどよく仕事をしているんですから。
日本の神様は結構いいかげんなんです。
だから人間もちょっと気楽に行こうじゃないですか!
以上「おらがまち」まちこでした。
*1:大御田=天皇家が所有する田んぼ、田子=その田んぼで仕事をするひと