こんにちは。
弱小文化財応援ブログ「おらがまち」まちこです。
古代日本で珍重された一品「勾玉(まがたま)」。
すごく重要な宝石の一つとして大事にされていましたが、古墳時代頃を境にぱったりと姿を消してしまう宝石でもあります。
現代日本人も宝石大好きですが、昔の人も宝石にパワーを感じていたかもしれません!
それでは早速みてみましょう!
勾玉の不思議
勾玉の形
勾玉のあのへんてこりんな形には様々な説があります。
- 動物の牙の形
- 胎児の形
- 魂の形
- 月の形
ほかにも諸説あり。
もっとも古い勾玉は、縄文時代早期のもの。
初期の頃はC型だったものが、やがて今見るあの勾玉の形へと変化して行きます。
そして定形化。
どうしてこんな形にしたのかも理由がわかっていない上に、この形は日本独特の特異なものです。
他の諸外国では宝石をこのような形へ加工することはありませんでした。
外国で見つかっている勾玉は、日本で加工されたものを輸出したもの。
名前もいつどのようにつけられたのかも定かでなく、古代中国では「穴が開いた曲がった玉」と記録されているだけです。
勾玉の歴史はとても古く、古いがゆえによくわかっていません。
出土した勾玉や玉類に興味がある方はこちらのデータベースをどうぞ!
古墳時代以降に忽然と姿を消す
最も古いものは縄文時代の遺跡から発掘されています。
このころはまだ小さなものばかりで、後期になると素材が多様化し弥生時代ころから定形の勾玉が登場。
諸外国との外交にも活躍し、中国の「魏志倭人伝」にも卑弥呼があげたよって記載や、朝鮮半島では王墓からも発掘されていたりします。
こんなにも古代日本では珍重されていた宝石「勾玉」ですが、古墳時代頃を境にパッタリ姿を見せなくなります。
理由については全く解明されていません。
奈良時代からもいくつか発見されていますが、これらは全て古墳時代以前から伝わっているもので、奈良時代に作られたものではありません。
古墳時代頃といえば、大きな前方後円墳などが盛んにつくられた時期でもありますが、大型の古墳も奈良時代ころからぱったりと無くなってしまします。
この時代を境に日本の政権や文化の大々的な変換期でもあるので、そうした時代の変遷によって作られなくなったと考えられます。
勾玉を必要としない人間たちが権力を握った。
とも諸説あり。
いずれにしても、謎が謎を呼ぶ不思議宝石なのであります。
そして、それに対しての決定的な研究結果も残念ながらありません。
こちらは、勾玉の歴史や起源を深く掘り下げた本。
勾玉を詳しく知りたい方におすすめ。
天皇家の三種の神器の一つでもある
そんな不思議な宝石「勾玉」ですが、ぱったり無くなったにもかかわらず綿々と受け継がれている秘宝の一つでもあります。
なかでも代表的なのが、天皇家にある「三種の神器」。
勾玉はこの中の一つとして古来より受け継がれてきています。
「ヤサカニノマガタマ」といって、今に至るまで誰も目にしたことがないとされない秘宝として大事にされ、天皇の権威の象徴。
皇位継承の儀などで、必ず侍従が携えている!
勾玉は昔から現代に至るまで特別なものであるのがよくわかる納得の事例です。
さらに、なにやら神社と深い関係がありそうな神秘的なお守りとして、すっかり神社のお土産などとして定着。
神道の宗教の神具として古代から使用されて来た可能性も指摘されており、事実沖縄では巫女の呪術の道具として引き継がれています。
また、作り手にも特殊な技術が必要で、古代日本にはこの勾玉を専門に作っている玉造という職業もあったほど。
出雲にはこの職業集団がいて、三種の神器の「ヤサカニノマガタマ」も彼らが作りました。
呪術的な意味合い、お守りとして、魔除けの品として、もしくは権力の象徴として、何かしらの意味を持ち、勾玉がになっていた役割はとても幅広く大きかったのがわかります。
材質は、翡翠を筆頭に瑪瑙・水晶・琥珀など宝石類にはじまり、土製や金属製・石製など実にさまざま。
材質から考えても、勾玉は高貴な人物から一般の人にまで普及し、日本人なら誰でも手にしていたアイテムだったようです。
出土こそしていませんが、もしかしたら木製の勾玉もあったかもしれません!
パワーストーンとして再注目
とはいえ、日本の不思議宝石「勾玉」はよくわかっていなことが多く、断定できるものは何一つありません。
しかし、勾玉の注目度は年々上がって来ています。
勾玉のパワーストーンとしての効果
形は再生・復活の象徴
勾玉の形には、動物の牙の形・胎児の形・魂の形・月の形などの諸説がありますが、いずれも民俗学的にひも解いていくと再生を象徴するもの。
お墓からよく出土するのも、死者の再生を願っていたためとも考えられています。
よく、道教陰陽説の大極(韓国の国旗が代表例)といっしょくたになってしまっていますが、そもそも陰陽説は中国大陸からやってきた思想。
それ以前から日本に存在していた勾玉の形は、それとは一線を画すものです。
丸く縮まった曲線の中に再生のパワーを溜めているともされ、尾の向きを内向きに変えることで自分のパワーとして取り込み、外向きにすることで悪い気を出してくれる言われています。
運気の流れを調整し自分の健康状態も良くするため、パワーストーンとして人気が出るようになりました。
石の種類で効能変化
勾玉はこの石の種類で作らなければならないもの。
と、決まったものではありません。
古代の日本人も、宝石から石、金属製など、あらゆるもので作っていました。
もしかしたら、自分にあったものを探してわざわざ勾玉の形に加工していたのかもしれません。
宝石には様々な効能が存在するので、自分がどんな効果を得たいのかによって勾玉の材質を変えるといいです。
勾玉といえば、翡翠や瑪瑙などが多いですが、ダイヤモンドで作ったって全然OK!
ほかにも、水晶でつくったり、磁石などでつくって肩こり解消などもいいもしれません。
自分で拾った流木や河原の石で勾玉をつくってもいいと思います。
その形に加工できるなら、自分のお気に入りの一品を作ることも可能。
※まちこは宝石の専門家ではありませんので効能や石の種類などは、「Pascle(パスクル)」 に詳しく解説されているので参考にしてみてください。
代表格は翡翠
そんななかでも、勾玉の代表的な素材は「翡翠(ひすい)」。
深い緑色の勾玉を観ると、「THE勾玉!」と思いますよね。
でも、実は色はピンクから赤、白とさまざま。
翡翠は世界でも産出される場所は限られていて、中国の翡翠がとても有名。
でも古代日本の翡翠も負けていません。
世界最古の翡翠は山梨県でみつかっていて、新潟県の糸魚川市(糸魚川はありません)産の翡翠は今でもよく知られるところ。
一般的に翡翠は硬玉(ジェイド)と軟玉(ネフライト)の2種類に分かれ、見た目はほとんどわかりません。
考古学的に翡翠といえば、硬玉(ジェイド)で、一般的に古来から軟玉(ネフライト)よりも高価。
日本でも翡翠といえば硬玉をさします。
日本の遺跡から出土しているのもほぼ硬玉。
※ちなみに中国では硬玉は産出しないため、ほとんどが軟玉。
なので、翡翠の勾玉といえば日本産のみ。
となるわけです。
日本産の翡翠は、今も昔も大変高価。
昔は金よりも高価なものとして取引されていました。
なぜこの翡翠が勾玉の材料になったのか。
これにもちゃんと理由があります。
それは翡翠の「硬さ」。
石の中で一番硬いものといえばダイヤモンドですが、ダイヤモンドはある方向からの力に弱いという弱点があります。
おもしろいくらい粉々に砕けます。
翡翠はダイヤモンドより柔らかい石とされますが、内部の構造は繊維質でとても加工しずらい宝石。
壊れにくい宝石として古代から知られていました。
この壊れにくい翡翠の性質が、「不滅の力」を持つ石として大事にされ、「再生・復活」の象徴である勾玉となったことで、古代日本人がもっとも好む宝石となったようです。
そして現在のわたしたちも、古代から引き継がれる不思議な形と石の効能を求めるようになります。
やはり今でも、翡翠の勾玉は人気。
古代日本の不思議宝石「勾玉」
勾玉には、まだまだ解明されていない点がたくさんあります。
あの形になぜなったのか、なぜ日本にだけ存在するのか。
不思議な宝石なんですが、なぜかその魅力はつきません。
神社で売っているから縁起がいいものに思われるから買う?
パワーストーンとして売っているから買ってみる?
多分、そこは表面のおはなし。
わたしたち日本人のなかに、やはり勾玉に対する日本人的な感覚が残されているからではないか。
よく遺伝子にもちゃんと記憶があって「昔々の人たちの記憶を引き継いでいる」という話をききます。
日本独自の日本にしかない勾玉。
それを日本人のわたしたちが魅力的に感じるのは、至って当たり前のことなのかもしれません。
勾玉を持っていると落ち着くなんて話もありますし、あながちわたしたちの中の遺伝子が石のパワーを感じて気持ちを静めてくれる効果があるのかも。
ちょっと気になった。
翡翠の勾玉いいかも。
なんて思ったら、あなたは紛れもない日本人なのかもしれません(笑)
以上「おらがまち」まちこでした。