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勾玉は日本の宝石。現代によみがえった古代のパワーストーン。

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こんにちは。

弱小文化財応援ブログ「おらがまち」まちこです。

  

古代日本で珍重された一品「勾玉(まがたま)」。

すごく重要な宝石の一つとして大事にされていましたが、古墳時代頃を境にぱったりと姿を消してしまう宝石でもあります。

 

今回はそんな謎に満ちた日本の宝石「勾玉」について掘り下げてみたいと思います。

 

それでは早速みてみましょう!

勾玉の不思議

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勾玉の形

勾玉のあのへんてこりんな形には様々な説があります。

 

  1. 動物の牙の形
  2. 胎児の形
  3. 魂の形
  4. 月の形

 

ほかにも諸説あり。

 

初期の頃はC型だったものが、やがて今見るあの勾玉の形へと変化して行きます。

そして定形化。

 

どうしてこんな形にしたのかも理由がわかっていない上に、この形は日本独特の特異なものです。

 

他の諸外国では宝石をこのような形へ加工することはありませんでした。

外国で見つかっている勾玉は、日本で加工されたものを輸出したものとされています。

 

名前もいつどのようにつけられたのかも定かでなく、古代中国では「穴が開いた曲がった玉」と記録されているだけです。

 

勾玉の歴史はとても古く、古いがゆえによくわかっていません。

f:id:oragamatiko:20180801153116j:plain出土した勾玉や玉類に興味がある方はこちらのデータベースをどうぞ!

古墳時代以降に忽然と姿を消す

最も古いものは縄文時代の遺跡から発掘されれています。

 

このころはまだ小さなものばかりだったようで、後期になると素材が多様化し弥生時代ころから定形の勾玉が登場。

 

勾玉は諸外国との外交にも活躍していたようで、中国の「魏志倭人伝」にも卑弥呼があげたよって記載や、朝鮮半島では王墓からも発掘されていたりします。

 

こんなにも古代日本では珍重されていた宝石「勾玉」ですが、古墳時代頃を境にパッタリ姿を見せなくなります。

 

理由については全く解明されていません。

 

奈良時代からもいくつか発見されていますが、これらは全て古墳時代以前から伝わっているもので、奈良時代に作られたものではないそうです。

 

古墳時代頃といえば、大きな前方後円墳などが盛んにつくられた時期でもありますが、これも奈良時代ころからぱったりと無くなってしまします。

 

この時代を境に日本の政権や文化の大々的な変換期でもあるので、そうした時代の変遷によって作られなくなったと考えられます。

 

勾玉を必要としない人間たちが権力を握った。

ってことですかね。

これは長くなりそうなので割愛します。

 

 

このように日本の不思議宝石「勾玉」は、よくわかっていなことが多く断定できるものは何一つありません。

 

しかし、勾玉の注目度は年々上がって来ています。

 

それは多分、勾玉が宝石で出来ているからだと思います。

 

なにか意味があるのではないか?

その効果を知りたい。

 

そう考える人が多いから注目されてきているのではないでしょうか。

f:id:oragamatiko:20180801153116j:plain最強勾玉?

宝石

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宝石の歴史

そもそも宝石の歴史っていつから始まったんでしょうか。

 

それはそれはむか~し、原始時代にまでさかのぼることができます。

日本に限らず、世界各地で見られる現象です。

 

古代人もおしゃれで宝石をつけていたんでしょうか?

 

いやいや、確かに貴人などは富の象徴、位の象徴として宝石を重要視していたようですが、それよりも魔除けやお守りとして大活躍していました。

 

なぜお守りになったのか。

希少価値であること、美しいこと、美しいからこそ禍々しくもかんじていたこと、畏れ多く、大事に扱わなければならないこと、などがあったと思われます。

 

そして、宝石には人の運勢や気力や体力を補って、力を与えてくれるといわれています。


古代人には科学的な根拠を知らないはずですが、このような力を不思議と感じ取っていたのかもしれません。

たしかに今のわたしたちよりも五感は優れているイメージがありますよね。

 

今となってはファッションの一部、装飾品としての地位となっていますが、もともとはお守りとしての地位の方が高かったようです。

 

こんなお話をすると、「宝石」というより「パワーストーン」を思い出しますが、両者は同じ「石」。

区別するものではありません。

 

さながら「パワーストーン」というジャンルは、現代に復活した「古代人のお守り」ってわけです。

パワーストーンは科学

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パワーストーンというと「オカルトの世界」「スピリチュアルな世界」と思ってしまいますよね。

 

でもこの考え、「大きな間違い」です。

 

確かに身に着けていれば幸せになれる、とかいう売り込みをしているものもありますが、本来は宝石にこうした意味はありません。

こういう売り込みがあるから「パワーストーン」はスピリチュアルな商品と思われてしまうのだと思います。

 

 

というわけで、ここからは科学的なお話。

 

宝石、つまり「石」には「石」が持つそれぞれの力があります。

 

例えば「磁石」。

読んで字の如し「磁気を持つ石」です。

 

パワーストーンを信じていなくても、「磁気ネックレス」なら効果あると思いませんか?

 

スポーツ選手などはよく利用していますよね。

これをパワーストーンとはだれも思いません。

 なぜか。

 

それはうたい文句のおかげです。

 

「磁気の力で血行を良くし、肩の凝りなどをほぐしてくれ、さらには体内の電気バランスを整え自律神経を安定させてくれる効果があります!」

 

これ、なんだか信憑性がありますよね。

 

もし磁気ネックレスを

 

「この宝石を持つと健康を良くしてくれ、あなたを幸せにしてくれます!」

 

といわれても、ハイ、ソデスカ。と思ってしまう人が大半ではないでしょうか。

 

パワーストーンはここ(精神性に訴える)を「売り」にしています。

でも「この石を持つと幸せになります」という言葉の裏には実に科学的な根拠が隠されているんです。

 

宝石の代表格「ダイヤモンド」もこの石の力が本来「売り」。

 

パワーストーンの専門店などの紹介を見ると、「永遠の絆、悪霊を祓う、持ち主の力や精神性を増大、富や財産を引き寄せる」と紹介されています。

 

が、本来の石の力は違います。

 

「ダイヤモンド」がなぜ珍重されるのかは、希少さ、屈折率の高さ、硬さ、熱・電気伝導率の高さにあります。

 

  • 希少さ = 産出率が低いから価値が高くなる = 貴重 = 大事なもの = 財産・富を象徴
  • 屈折率の高さ = 光の石内部での反射が高いので、ものすごく輝いて見える = 光り輝いている = 太陽そのもの = 魔を祓う
  • 硬さ = 天然の物質の中ではピカイチの硬さ = 壊れにくい = 永遠性
  • 熱・電気伝導率の高さ = 熱や電気を通しても冷たい = 安定している = 精神を落ち着かせてくれる

 

という具合に、それぞれ根拠となるダイヤモンドの力が存在するんですね。

 

 

ここからパワーストーンとしての部分のみが、グイッと前に出過ぎてしまって、スピリチュアルが嫌いな人や苦手な人は敬遠してしまうのかもしれません。

 

石はマントルなど地殻の近い部分で出来ていたりと、差こそあれ高圧・高温のもとで精製されています。

そうした環境のもとにあったのであれば、少なからず磁気を発していたり、圧縮されている比重の高いものであったり、それなりの石の性質があるはずです。

 

古代の医学では石を治療の道具として利用していたといわれるほどです。

石には何かしらの力があるのは確実です。

 

だから、ある宝石の持ち主は代々病気になりやすい、といった迷信は、こうした磁気などの影響で病気になりやすくなってしまうため、とも考えられます。

 

本来宝石は「石」です。

 

宝石を持っているからといって「幸せ」になることは出来ません。

でも、石のこうした性質や力を知っていれば有効的に活用することが出来ます。

 

だからパワーストーンは「願い事」から見るのではなく、「科学目線」で見てあげると、ハードル?がグッと低くなると思いますよ。

 

科学と医学から見てみるのもとっても面白い。

勾玉の力~まとめ~

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勾玉の形や、それをあえて宝石で作る意味は確かにあったんだと思います。

 

とくに翡翠で作った勾玉が重要視されていたようですが、翡翠は「壊れにくい」石です。

ダイヤモンドは硬いのですが、ある一定の方向に力を加えると簡単に割れてしまいます。

翡翠にはこうした「壊れにくい」=「不滅」の力があると考えられ珍重されたのかもしれません。

ですが、今となっては真実を知る人はどこにもいません。

古代人に話を聞ければ即解決ですが。

 

勾玉にはこうした不思議と魅力がたくさんつまっています。

 

ロマンを感じますよね。

わたしだけか?

 

謎の宝石「勾玉」は、石の力とあの形を持っていなければ、これほど注目もされなかったのではないかな。

 

古代に思いを馳せつつ、今回はこの辺で終わりたいと思います。

 

 

以上「おらがまち」まちこでした。