おらがまち

歴史大好きまちこ主催!弱小「文化財」応援ブログ!

昔ながらの農村の神社の例祭が見られる鴨川市曽呂地区の祭礼。

曽呂祭礼について

曽呂地区は嶺岡山系の南側で、曽呂川に沿って東西に伸びる道にある地区です。

 

昔は仏閣などが多く僧侶がたくさんいたことから「曽呂」と呼ばれるようになったそうです。

 

曽呂は農業中心の地区ですが、すぐ近くの嶺岡山系では古来より牧場が培われた地で、江戸時代に徳川吉宗により白牛がインドから輸入されここで飼育をされるようになりました。

 

この嶺岡牧に近かったことから、曽呂ではそれに携わる人も少なからずいたようで、全国手にも珍しい「牛洗い行事」という神事が行われます。

 

代の八雲神社に安置されている陶製の白牛(40センチほど)を曽呂川まで連れて行き身を清めるというものです。

古くから家畜に触れてきたことから、この牛を洗う事で家畜の無病息災や五穀豊穣を祈願したことが始まりと言われています。

 

毎年6月のはじめに行われますので、興味のある方は是非足をはこんでみてくださいね。

 

また、曽呂温泉は県では最も古くから営業している温泉として知られています。

黒い湯が出てお肌つるつるになるんだとか。

 

祭礼を見て、最後に温泉なんてのもお通なものかもしれませんね!

詳細情報

10月体育の日連休の中日曜(昔は9日)に開催されます。

 

統一行動等はなく、それぞれで曽呂地区として同じ日に例祭を行っています。

鴨川市でよく見られる宮立てや、それぞれの神社で行われる神事など古くからの農村の形の祭礼の姿を見ることが出来ます。

 

参加地区は、上、代、仲、二子、宮、東の6地区です。
西、畑については休止中、東については詳細が不明です。

山車・神輿等をご紹介

上(八雲神社)

上は鴨川市街地を南へ抜け、曽呂十字路を山間に入ってしばらく行くとある地区です。

八雲神社を祀ります。

 

囃子屋台を所有します。

後藤滝治義光による彫刻で、曽呂地区の上の佐粧勇治が昭和4年に製作しました。

代(八雲神社)

代は曽呂十字路を山間に入ってすぐの地区です。

八雲神社(上とはまた別)が鎮座します。

 

囃子屋台を所有し、彫刻を石井半兵衛、林清吉・座間平吉が安政3年(1856)に製作したと言われています。

平成12年には畠山靖弘によってが改修が行われています。

仲町(奥野神社)

仲町は曽呂十字路を山間に入ってから、道が分岐するあたりの地区になります。

鎮守の奥野神社は御祭神が長狭姫命といって、長狭国造との関連が伺え創建年代は不明なものの時代はかなり遡れるのではないかと思われます。

 

囃子屋台を出祭させています。

昭和4年に曽呂地区の上から譲り受けたものだそうです。

西(西神社)

西は曽呂十字路を山間に進み、鴨川市と南房総市旧和田町との境にあります。

西神社を祀っています。

御祭神が大山祗命(おおやまつみのみこと)から日枝神社系列の神社だと思われます。

 

明治24年後藤喜三郎橘義信による彫刻のある屋台を所有していますが、現在は休止中です。

畑(熊野神社)

畑も西のすぐ下の地区で、南房総市旧和田町との境にあります。

熊野神社を祀ります。

 

囃子屋台を所有していますが、現在は休止中です。

昭和3年に江見の石井治郎吉が製作し、後藤滝治義光による彫刻が彫られています。

東(東神社)

東は曽呂十字路から山に入って曽呂地区の真ん中あたりの地区になります。

東神社が鎮座します。

御祭神を大山祗命(おおやまつみのみこと)としていることから、日枝神社系の神社のようです。

 

屋台を持っているようですが、詳細についてはわかりません。

二子(石尊神社)

二子は曽呂十字路から千葉県道89号線から一本中に入った、田原地区と境にある地区です。

石尊神社が祀られています。

大山祗命(おおやまつみのみこと)が御祭神なので、日枝神社系の神社と思われます。

 

囃子屋台が出祭しています。

昭和3年ごろに地元大工の松本善治が製作したもので、彫刻には松本勲、鈴木政吉の銘も残されています。

宮(東宮神社)

宮は曽呂十字路を入ってすぐの地区です。

東宮神社を祀っています。

御祭神が二柱(瓊々杵命(ににぎのみこと)、木花之開耶比賣命(このはなさくやひめのみこと))なので、浅間神社系のものだと思います。

夫婦神なのですが、どちらかというと木花之開耶比賣命が主祭神かな。

 

囃子屋台と宮立てを出祭させます。

屋台は後藤利兵衛橘義光による彫刻で、明治16年に製作されたものです。

まちこ豆知識

実は神社に神様はいない!

jinja-kami-inai

 曽呂の祭礼をまとめている時に、大山祗命(おおやまつみのみこと)、大山祗命(おおやまつみのみこと)と何回も書いていてふと思い出しました。

 

こんなに神社のこと書いて「みこと、みこと」と言っていますが、実は神社に神様はいないんですよね。

 

曽呂には日枝神社系の神社が多いですが、ここに限らず同じ系列の神社がいくつも全国各地にあります。

 

ってことは神様はいくつにもわかれていなければなりませんよね。

 

でも、これはちょっと違って神様が分かれて色んな神社に住んでいるのではなくて、神様自身はいつも天に居て、人が必要な時に下界、つまり神社に降りてくるわけです。

 

なので、神社に行って鈴をならすのは「来ましたよ~神様~」ってことになるとよくいいますが、あながち間違いではありません。

 

とはいえ、これは鈴は魔除け邪気除けの音を出すということから神社に設置されているので、ちょっと的外れな言い分かな。

神様は願えば来ますってのが答えです。

 

しかも、神様は天界から降りて来るのに「依代(よりしろ)」を必要とします。

木や石、山、御幣(ごへい)、柱なんかもそうですね。

 

神社が出来る前は自然のものがほとんででしたが、今は鏡、玉なんかを代表にいわゆる御神体を神社に設置しています。

 

神様の依代である人工物をつくったことから、どこにでも神様を呼べるようになり、神社という参拝建築も様々なところに作ることが出来るようになったわけです。

 

なので、神様を本家から分祀して連れてくることも簡単です。

 

こうして、全国各地にいろいろなところに同じ名前の同じ神様を祀る神社がたくさん出来たんです。

分祀分霊といって変幻自在な神様には、神社がいくつあろうが依代さえあればOK。

 

というわけで、神社は神様自身を分けたものわけではなくて、神様のを呼ぶための施設なので、神様はいないんです。

 

でも呼べば来ます。

 

そんでもって、神様は楽しい事が大好きです。

神社で色々な神事が行われますが、例祭はどこの神社でも絶対ありますよね。

それは、神様が楽しい事が大好きだからです。

人間が騒いで「わっしょいわっしょい」やってると神様も良い気分になり、すぐ下界に来ます。

これは「天の岩戸伝説」に通じるところがあると思いますが、詳しくはまた今度。

f:id:oragamatiko:20180801153116j:plain「天岩戸」について解説がある記事

www.oragamati.com

なので、私たちが今やっている祭礼は信仰心こそ「ん?なにそれ?」って思ってしまうところがありますが、神社を維持するためにには重要な神事なんです。

祭礼を続けるというのは、深く考えると神社の維持にもつながり、伝統や文化の継承という点にもつながります。

 

祭礼一つとっても、とっても奥が深いです。

いつまでも、こうした祭礼が続く事を願うばかりです。

 

↓私が言うのもなんですが、神社や神様の設定構成がよくできている漫画だと思います。

f:id:oragamatiko:20180801153116j:plain神棚にも神様はいない

www.oragamati.com

参考文献・サイト