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高蔵神社と大山寺不動堂の神仏習合の名残。大山の祭礼では仏と神が交わる祭礼が見られます!

大山祭礼について

大山地区は長狭地区の中でも保田・三芳寄りの地区で、房総半島の中の高い山(嶺岡山系)を有する地区でもあります。

 

鴨川市の一部ではありますが、どちらかというとかなり内陸なので、農業や酪農が大変盛んで、農耕文化の濃い地域です。

 

今では棚田のオーナー募集で知られている大山千枚田などが有名です。

山の斜面を有効に使っており、平野の広がる地区ではないことがよくわかると思います。

 

また、房総半島の丘陵地区でもあるので昔から山岳信仰があり修験道が開かれていた所でもあります。

修験道の中心となった大山寺(大山不動堂が有名)は、奈良時代良弁僧正によって創建されたといわれ、高蔵神社も一緒に建てられたそうです。

もともと山に神威を持っていると古来から崇められていたことから、高蔵神社創建前より山岳信仰があったことが伺えます。

 

この古い歴史を持つ神社とお寺を中心に大山の祭礼は開催されます。

 

山に囲まれた地域の強いつながりを感じる祭礼です。

詳細情報

毎年8月の第1土曜日に開催される高蔵神社を中心の祭礼です。
本来は8月7日(戦前は7月7日)に行われていました。


神楽や鞨鼓舞などの神事も行われ、宮立て、神輿、子供神輿、屋台などバリエーション豊かな祭礼です。

 

午前に各地区の神輿が大山不動尊集結し神楽奉納などが行われ、夜には旧大山小学校校庭に屋台が集合し、お囃子の競演となります。

たった一日ですが、朝から夜まで様々な催し物を見ることが出来ます。

 

詳しくは高蔵神社の神主さんがホームページを立ち上げて詳しく解説していらっしゃるので参考にしてください。


参加地区は、金束、釜沼、佐野、奈良林、平塚、古畑の6地区です。

宮立て、神輿等の詳細については調査中です。

山車・神輿等をご紹介

金束(八雲神社)

金束(こづか)は、長狭街道の鴨川市としては最も西にある地区です。

鎮守は八雲神社を鎮守として祀ります。

 

人形屋台を所有します。

明治30年以前に製作されたものと言われ、後藤福太郎橘義道の彫刻が彫られています。

昭和57年に改修が行われています。

釜沼(日枝神社)

釜沼は大山千枚田を含み、長狭街道を挟んで南北に細長い地区です。

日枝神社を祀ります。

 

人形屋台を持っていて、昭和3年に地元大工・川名弥市が製作しました。

彫刻は後藤滝治義光で、脇障子以外を彫っています。

佐野(八幡神社)

佐野は釜沼の隣、長狭街道の北側にあたる地区です。

八幡神社(佐野八幡神社)が鎮座します。

 

人形屋台があり、地元大工・川名弥市が製作したとされていますが、詳細は不明です。

後藤庄三郎橘忠明による彫刻があります。

奈良林(三島神社)

奈良林は、大山千枚田下、長狭街道を南北に挟んだ地区になります。

立派な鳥居のある三島神社を祀ります。

 

明治23年に製作された人形屋台があります。

太田五良平藤原政信による彫刻が彫られ、昭和58年に改修が行われています。

平塚(八幡神社)

平塚は、長狭街道から南房総市に入る境にある地区です。

八幡神社を鎮守とします。

 

人形屋台があり、明治後期に製作されたものと言われています。

彫刻は後藤喜三郎橘義信です。

古畑(諏訪神社)

古畑は鴨川市の最西、金束(こづか)の手前の地区になります。

 

大正4年に製作された人形屋台があります。

後藤福太郎橘義道による彫刻、屋台は竹沢徳次郎・高梨作蔵が製作しました。

まちこ豆知識

高蔵神社と大山寺不動堂から見る神仏習合(しんぶつしゅうごう)

鴨川市の大山といえば大山千枚田が今では有名ですが、その道中に二つの神社とお寺があります。

 

これが今回の祭礼の中心となる大山寺不動堂と高蔵神社です。

 

実はこの二つと祭礼には、「神仏習合」の名残が随所にみられる珍しいものなんです。

 

神仏習合(しんぶつしゅうごう)ってのは、簡単にいうと神様と仏様は同じでどっちにも変身できるからどっちも拝まなならんというものです。

 

神仏習合を検索するとなんだか難しい事がかいてありますが、要はみんな同じで神も仏もなく崇めるべき存在ってことですね。

 

で、この慣習(神仏習合という考え)は実に1000年以上も続きます。

 

日本人に神社とお寺の区別を聞いてももあんまり上手に答えられないですが、これはこの長い歴史の中で刷り込まれた意識なので、そう簡単には変えられないってわけです。

明治維新によって撤廃命令が出てまだ、100年ちょっとです。

 

まだまだ急には変われません。

 

それに日本人にとってどちらを区別する優位をつけるって言うのは出来ません。

だって初詣にお寺も神社も区別なく行きますよね。

 

あれは別に間違ったことではないんですよ。

 

また、こうした考えから神社とお寺はワンセットっていうのが当時からの流れで、大山寺も高蔵神社もこの様式にのっとって作られています。

 

メインとなるのも管理しているのもお寺なのですが、そのお寺を守護するものとして神社が建てられセットで神宮寺なんて呼ばれていたりもします。

 

ちゃんと神主さんがいて、お坊さんが入れる場所が結構制限されていたりもし、全部が全部お寺主催というわけではないです。

 

皆さんがご存知の鎌倉の鶴岡八幡宮も実は神宮寺で、昔の鶴岡八幡宮の扁額をよく見ると神宮寺の「寺」を削ったあとが確認できます。

神仏習合の考えは、明治に入って御法度となってしまったから仕方なく削ったんだそうです。

 

お寺のすぐとなりに神社があるってのはこのためです。

離れてるよりすぐ近くにあった方が参拝もしやすいでしょう?

 

ちなみに高蔵神社の御祭神は日本武尊、大山寺不動堂の本尊は不動明王。

日本武尊の仏教での姿は不動明王で、不動明王の神道での姿は日本武尊とばっちりつながっています。

 

これを本地垂迹(ほんじすいじゃく)といって、仏教伝来後普及するにあたってよその神様だとあんまりなじみがないから仏教の仏様が日本の神道に合わせて変身してくれたってものです。

 

他には天照大御神と大日如来なんて有名なのもあります。

 

だから大体隣り合う神社とお寺には同じ神様が祀られてるので、あなたのお家のすぐそばにもそんな名残があるかも。

 

大山寺不動堂はお寺のくせに2頭の狛犬に守られ、祭礼時には神輿が不動堂の外陣まで来ます。

明治期に撤廃された神仏習合の影が今でも見え隠れする面白い神社とお寺です。

 

また、大山寺不動堂の江戸時代は享和2年(1802)に建てられた本堂には、伊八の作品や鎌倉時代の不動明王などがあり千葉県の有形文化財にも指定されています。

 

大山の祭礼に来た際には是非大山不動堂もご覧になってくださいね。

 

神仏習合のことや本字垂迹を知っていると、大山の祭礼はより面白い祭礼に感じられると思います!

参考文献・サイト